「あなたが王様?」
「はっはっは、随分と可愛らしい女性を連れてきたじゃないかジャーファル隅に置けないな!」
「冗談も休み休み言いなさい」
謁見の間でシンを目の前にしながらはシャルルカンの後ろでぐるぐると周囲を見渡し、ジャーファルに叱られていた。
八人将が全員揃うことは少ないが、緊急事態と要され慌てて戻ってきた彼らを目の前に、かつ王を目の前に、当の本人はシーシャをくるくると回しているだらけ具合である。もう少ししゃきっとしなさいと怒られてシーシャを消すと漸く彼女はその場所に「立った」。
その腰を少しだけ曲げて、淑女のようなポーズを取った上で王に言葉を並べた。
「今さっき、ジャーファル様が私のマスターになりましたー」
「私は知りません!」
「えーさっき擦ったじゃないー!」
酷いよマスター。
直ぐに身体を捻らせくねらせぶうぶうと文句を言うにジャーファルは頭を抱えた。
廊下で彼女と出会ったのは30分ほど前だ。
しかもそれを拾ったのはシャルルカンだという。シャルルカンにどういうことかと聞いてみればさっぱりわからないと言われこの始末。
「願い事3つ叶えるのが仕事なんだからさぁ、叶えさせてくれないと困るのよーマスターお願いしますよう」
「だから!」
「ジャーファルさん。そのランプって」
俺が持ってる。ぽんとシャルルカンがヤムライハに渡すとヤムライハは珊瑚の杖でこつん、とランプを叩いた。
僅かに鈴のような音が響いたが、直ぐにランプは静寂する。見ればみるほど「普通」のランプだ。だが、そのランプを取り巻いているルフは少し違って見える。ヤムライハはを見ると彼女の周りに飛び交うルフは彼女に祝福の声をあげているようにも見えた。
「……あなた、ええと、?」
「ええと、名前は?」
「さっき話した、ヤムライハ」
「ああ!」
シャルルカンの説明に彼女は頷くとヤムライハを見る。仮にも「ジン」と同じ属性である以上彼女にも思うところがあるのだろう。
ヤムライハは静かに彼女へ語りかけ、彼女もそれにうなずきを返す。そこに「言葉」は言霊として存在していなかった。シャラシャラ。金属が動く音だけが心地よく響く。
ヤムライハが静かにシンドバッドへ振り返ると「彼女はこの世界の人間ではない様です」と静かに言う。シンドバッドは別段驚くこともなく、を見やった。彼女は両肩を仰々しく上下させて「困ったなあ」と笑っているので特別困った要素もないようだ。
「彼女の周りにあるルフが違います。堕天しているわけでもない」
「この世界の力は鳥なのねえ」
私の居たところだと光の粒だったけれど。は興味深そうに此方を見ている「王様」に愛想のいい笑顔を浮かべた。王というの存在はにとって見れば嫌いではない。
革命を起こし、変える英傑もいれば怪傑もいるだろう。その道は血に濡れているであろうし、彼女の知っている王というのは大抵に対して奥底のしれない笑顔を浮かべている。彼――シンドバッドも、その例に違わぬようだ。
「すごいじゃないかジャーファル。なんでも願い事を叶えてくれるらしいぞ」
「私は知りません。貴方が叶えればいいじゃないですか」
「ダメダメ、譲渡は禁止ー!」
慌てたように煙がぐるぐるとジャーファルの周りを取り囲む。ジャーファルはもう頭を抱えたくなった。ヤムライハはの存在自体が魔法になっているのではないかというつぶやきを残したが、もちろんそんな声も彼にとってみれば聞こえない。
マスターねえマスター。
まるで子供のような懐き方に、もうわかりましたと声を荒げると彼女が繰り出していた煙と風はぴたりと止む。
「ほんとに! お決まりですかマスター!さぁご注文を!どうぞ!」
「まずは――……我が主に忠誠を誓い、その前では無礼を働かないこと」
「えぇぇー」
面白くない。思わず声を漏らしたのは、ではなく魔力を余り持っていないシャルルカンと、何故か主であるシンドバッドであった。彼は非常に不服そうな顔をして、唇を突き出している。
ジト目で見られるので咳払いをし、ジャーファルがさぁ、というとは「そんなんでいいの?」と苦笑をしながら身軽な身体をくるりとはねらせ、風が彼女を包み込む。そうして、地面に降り立った時――は、先ほどの外見によく似た「人」の姿をしていた。装飾品の音。衣擦れの音。そして、にっこりと笑った彼女は王の前に跪いてみせた。
「王よ、これより私は貴方の支配下に下ります。あ、でも、マスターはジャーファル様なので、そこんとこよろしくね」
「シン、これで貴方の願い事を言ってもいいのではないでしょうか」
「えっ、だめだよ」
マスターはわかってないなあ。本当に分かっちゃいない。
彼女がわかりやすく魔法を使って(その魔法は実にヤムライハが使う水魔法に似ていた)説明してみせる。
要するに、彼自身の望みでなければその「のぞみ」を叶えることが出来ないのだという。例えばそれが「世界征服」であってもの能力上問題はない。
「待て、じゃあ以外にジンが居た場合はどうなる?」
「その場合は、気持ちが重なりあうから暴発かなあ。前に被った時はマスター同士で一騎打ちになったねー。ところでもう姿戻ってイイ?脚出すの面倒なんだよね、気力いるから」
「ダメです」
「マスターひっどいなあもう!」
人使い荒いとモテないよ、なんて笑うこのジンのことをどうやらシンドバッドはいたく気に入ったらしい。
3つの願い事のうちの2つはまだジャーファルの手中にある。そして彼女の力は戦争で役に立つだろう。なにせ存在自体が「異界」のものなのだから、その存在を知らない人間たちを前に彼女の摩訶不思議さは恐怖になり得る。
「ジャーファル、きちんと面倒見るんだぞ」
「ちょっとシン!」
ヤムライハがに何かを話す。は笑顔でそれに応える。変な妹が出来た気分なのだろうか。しかし人外であるの掌から繰り広げられる雷だとか水だとかの簡単な魔法は、いたくヤムライハのお気に入りらしい。シャルルカンが茶化してはいるが、彼の目にはの掌から繰り広げられる魔法が映っている。あの剣好きが。
「って飛べるの?」
「ランプがあればランプと繋がってどこまでも!」
「へー、じゃあジャーファルさん、ランプ貸して〜」
ピスティがにこにこと言ってランプを持とうとしている。マスルールは相変わらずの仏頂面で、を中心にまるで拾ってきた犬猫をちやほやする家族のようであった。シンドバッドは笑いながら――。静かに、ジャーファルに目で言葉を送る。
ジンとは人の心とは違う。人の心も詠むという。
この世界のものではないというが彼女もまた、人外であり「ジン」である手前気を抜く事の無いように。張り詰めた空気にジャーファルは僅かに頷いてみせるが……目下、人の姿を形どったが人の名前を覚えようとしている姿は唯の少女にしか見えず―そして、これからの出来事に頭痛がしてしょうがなかった。
← →