魔人と魔法使い

招かれざる客の登場にジャーファルは思わず身構えた。彼はルフを視覚で確認することが出来ないが肌で感じるほどの殺気は彼の暗殺者としての記憶をざわざわと呼び起こす。武具をいつでも出せるように身を屈め、自分と一定距離を保つようにしながら相手を伺う。

「なんだよぉ、厳しい顔しやがって。まるで人でも殺しそうだな?」
「…何の用だ」

漆黒の髪を揺らし、その体のラインが良く強調される格好をした男が立つ。ルビーの瞳は鈍く輝き、時折ジャーファルや彼の後ろにいるシンドバッドを嘲笑するように細められた。彼の名前をジャーファルはあまり口に出したくない。そのぐらいに敵意を持っている相手だ。男はくるくると四肢を動かして、高笑い交じりに言葉を紡ぐ。
その言葉は全くを持って甘くも優しさもなく、全てジャーファルの癇に障るものだ。
シンドバッドはこの男の言葉に時として騙されているが、ジャーファルは騙される事などない。ジャーファルが暗殺者であったからかもしれないが、それ以上に危機察知能力がこの男には関わるべからずと叫んでいるのだ。

ここ何日かでルフの流れが変化している事を男は指摘した。彼の言う変化の原因に思わず彼は袖の下に隠しもっているその存在を、想起し、即打ち消す。
そんな訳はない、というのはこの中身の存在が下らない魔人であることを知っているからだ。
得体の知れない魔人。
は膝を折り、ジャーファルに敬意を示しているし、魔術に長けたヤムライハ曰く彼女の魔法使いとしての力は人とは明確なほどに異なっている。
それは、が魔人であるからなのだという。人あらざるもの。「ジン」の中の一つの存在。だが、彼女は迷宮になどいないし、金属器は金属器でも、誰のものでもないものに憑いているし、誰でも彼女を呼び出せる。特異なる存在。それが彼女だ。

「シンドリアは何を隠している?」

ジャーファルは男の言葉に反応を示さなかった。口をゆっくりと開いたシンドバッドは愛想の良い笑顔を浮かべて肩を上下させた。

「何も」
「はっ、クセェんだよ、王宮が」

彼は手をジャーファルに向けると彼の体があっという間にもちあがり、叩き落とされる。からからと鈍い金属音。反射的に受け身をとったせいでランプが転がり落ちる。

「魔力こめて、何をしやがるつもりだ」

戦争するなら喜んで受けて立つけどなあ。意地の悪い男の笑いに眉が跳ねる。だがすぐに守るような形でランプを拾い上げる。

「おいバカ殿。テメェヤル気か?」
「さて、どうだろうな。おとなしく引き下がるなら検討するが」
「ハッ、きなくせえヤローだ」

だが、悪くない。薄く笑って男は姿を消した。
……取り残されたジャーファルはランプに目を落とし、の名を呼ぶ。彼女はピンクの靄ともに現れ、仁王立ちでこちらを見据えている。
その表情は随分と不機嫌そうでもあり、効果音をたてるのであれば「ムスーン」という表現が一番的確であった。

「マスター呼ぶの遅いよ!」
「呼んだら手の内知られるでしょうが!」
「そう言う自分はふっ飛ばされてたじゃん」

口答えする口はこれか。
ぐいぐいと片手で頬を引っ張ると痛がりながらは体をよじらせ、反抗する。頗る不機嫌に顔を顰めて普段のカラッとした性格からは程遠い文句だ。ファイティングポーズを取りながら愚痴愚痴と彼女は先ほどきていた男への悪態をつく。

「なんなの、王サマ、あれ」
「あれはマギだ」
「ふうん、あのマギと戦争するつもり?」

ニヤリと彼女は笑う。その笑いに応えるように王は似たような笑いを浮かべる。
つくづく、ジャーファルはこの女魔人との契約は王がするべきであったし、その方がうまく行っていたのではないかと思う。だが稀有なことにこの魔人は主が自分で良かったと宣う。変わっている、と心から思わずにはいられない。

「うっわあマスター、服一着しか無いのにボロボロすぎ」
「うるさい」
「王サマ言ってやってよ!最近着替え毎日私が繕って出してるんだよ!」

小さな卓に裁縫箱を置いて正座でチクチク裁縫をして見せながら文句を言うの表現は語弊しかないが、彼女が魔法で衣類を出して居るのは事実で、一着しか入っていなかった意味の無い洋服箪笥は漸く本来の仕事をし出した。

「お前たちは本当に良いコンビだなあ」
「馬鹿馬鹿しい。、一応巡回して先ほどの男がいるか確認を」
「見つけたら?戦闘?KOしていいの?」
「街壊す気か。素直におとなしく連絡するだけでいい」
「アイサー!」

適当な敬礼をした後に彼女は足先から繋がっていた煙を切断し消えた。
米神に力をいれながら、溜息を思わずつく。という存在はやはりイレギュラーであり、ルフの流れを吸い寄せて居るのだろうか。

「アラジンに聞かないと何とも言えないですがね」
「ジャーファル、ランプだが」
「そもそもランプという媒体が邪魔なんですよね、指輪とかならいざ知らず」

なんて嵩張るものについているんだ。呆れる一方で応急の窓から見える空をぐるぐる旋回するに呆れながらもう一度、ジャーファルは溜息をついた。
彼のそんな愚痴すらも、シンドバッドはより人間らしさを感じておかしくてしょうがない。彼女の存在がシンドリアで少しずつ変化を齎していることは、恐らくは確実であり、それは決して悪いことではない。そう彼は感じた。


その日は雲もなく、北極星がよく輝いている夜のことだった。
はジャーファルの呼び出しに応じ、雑務を済ませていた。ジャーファルの願い事は目下模索中故に時間がかかるらしく、は次の主を待つこともなく悠々自適の……というには些か現在の主の酷使が酷いのだが、日々を満喫している。先日、煌帝国の神官がやってきたことをは知っているし、ランプ越しからそのやり取りを見聞きしている。
ジン、もしくはジンニャーと呼ばれる種族でも彼女は「魔法使い」だ。それぐらいのことはできるので、ジャーファルが壁にぶつかっている様ももちろん知っている。真っ黒の髪、ルビーの瞳。白っぽいストールじみた服。男であるのにも関わらずどこか中性的な雰囲気を持った男をは「あまり好きではない」という認識に至る。そもそも、ジャーファルが怪我を負ったのは少なからずのランプが原因であり、あの男が「ランプ」を求めていることはなんとなしにわかった。
彼女は万物の声を聞く……とまではいかなくても有能な魔導師だ。そして何よりこの国の、この世界に存在するべき存在ではない、イレギュラーである。四人目のマギ、と言われるアラジン程ではないが彼女の存在は恐らくバランスを崩すものである。

「なら直接くればいいじゃない、私のとこに!」

紅玉が随分と頭を下げていたが、は目下彼女の言葉を聞き流しておりあの真っ黒という印象を与えたマギに反発している。魔法の絨毯を呼び出し、その上に人の姿で乗ると、ふわりと身体を浮かせた。みるみるうちに王宮は小さくなり、狭いシンドリアが一望できる高さまで飛んでいく。
宵闇は迫ってきていて、シンドリアは眠りについている。

「……」
「オイオイ、家出かよォ?」

不意に聞こえてきた声に、別段は驚かなかった。男の気配は既に魔力の変動で感じていたし、何よりは第一印象からしてこの男が好きではなかったので、余計にだ。
黙って振り返れば大きく出来た隈を浮かばせて男はケタケタ笑っている。

「なんだ、バカ殿どもが匿ってるつーから期待したのに、普通だな」
「知ってるの」
「知ってるっつーか、見りゃ分かるだろ」

男は飛び交っているルフを指さし、に顔を近づけた。目と目がぶつかりそうなほど近いにもかかわらず、も、その男も別段恥ずかしがる様子もなく、驚いてもいない。
マギである彼は当然といえば当然だが、ジンであるのことを見抜いているようで、彼女の脚を見ている。
は面倒くさそうにため息を付いた。だが、魔法を解くほどの優しさは持っていない。何故なら彼は、主の敵であるから、現段階では彼女にとっても「敵」なのである。

「おい、お前。何だ?」
「ジンだよ」
「ハァ? 主は」
「応えるわけないじゃない、ばーかじゃないの?」

べ、と舌を出すとその舌が色を変えてピーヒャラピーヒャラなり出す。
トリッキーな動きに男は随分不機嫌な声を上げる。彼は人にあまりバカにされたことがないのだろう。露骨な不機嫌な表情に益々は上機嫌になる。雲ひとつない夜に吸い込まれそうなほどの赤い目を持った男。
彼はシンドリアに何をしにきたのか、その真意も分からない。アルサーメン、という単語はからすれば全くを持って聞き及んでいないもので、素直にいえばそれが何かを知らない。知りたいとも彼女は今のところ思っていない。
何故ならば彼女は「この世界のジン」であらず、いずれはこの世界から元の世界へ帰っていくものだと自分自身で思っているし、それが叶わなくても、彼女の脚は既に鎖として繋ぎ止められている。誰かがいつか、自由にしてくれるまで。それはどこか奴隷に似ているものではあったが、彼女はあまり気にしていない。

「ぶっ殺すぞ、魔人女」
「やってみれば、真っ黒焦げのお兄ちゃん」
「ア?」

彼は魔法使いらしい。彼の周りを取り巻いているルフは漆黒であり、男の性格をよく表していた。一方では自分の周りを飛び交っている魔力を見てみる。ぴかぴかと汚れのない白、かとおもいきやそうでもない。彼女のルフはいくらでも色を変えていく。今はただ、白と緑の間に等しい黄緑色をしていた。これは恐らくはジャーファルの色なのだろう。
指先でルフを動かしながらは彼が氷魔法を仕掛けてくるのを感じ、構えた。
みるみるうちに大きくなっていく巨大な氷柱は、幾つもの礫を作り空を覆う。このまま彼女がよければ街が打撃を食らうだろう。視線を戻せば、男は意地の悪い笑顔を浮かべている。彼はそんなこと、とっくにお見通しだ。立ち位置で彼が上に居た時点で物事はどうなるのかとっくに決まっていたのだろう。
は人の姿をとったままの「脚」を絨毯にしっかりと踏み込ませて、男を見据える。

「はは、いいな、お前。苦汁をなめる顔、たまんねえ」

氷が、割れる。
どういった原理で氷を生み出しているのか、にはこの世界の原理を理解しきれてはいない。ルフに愛されるのが「マギ」である以上、彼の魔力は膨大で、彼の力は人あらざる者に近い。すなわち、彼女の世界でいうところの「ジン」に似ていた。
空を透明な氷が、いくつもいくつも落ちていく。それらは全てに向かって。
彼女は掌にぐっと力を込める。青い、青い、炎。
アリババのジンの肌にもよく似た、真っ青な炎がいくつもいくつも円を描き、豪速で落ちてくる氷を溶かしていく。その姿はどこか、隕石が落ちる星の夜にもよく似ている。いくつも彗星のように尾を放ち、落ちていく。その姿を幻想的と思う一方で、氷の先と炎の先で揺らめくお互いを皮肉であるとは嗤った。

「お前、名前は」
「……人に名乗るときは、自分から名乗るものじゃないの」

男は闇の中で嗤った。
青い炎が彼の口元を映し出し、余計に怪し気に見える。
彼女は世界のマギをアラジンしか知らないが、世界にはマギが他に3人もいるという。その中の1人が、この男だということは知っている。男の名前は、確か。

「ジュダルだ。次会ったときは殺してやるよ、女」
「はっはぁ、頑張ってえ」

私、。随分と軽口で言うに男、ジュダルは顔をより歪ませて嗤った。
彼女の集中力が別の方向に向けられたせいか、彼女の肌は色を変え、耳は尖っている。
だが、彼は別段驚きもしなかった。

「……それが本来の姿か。またやろうぜ、魔人女」

彼は黒い鳥と共に姿を消した。
幻影か何かを作り出していたのだろう。は心底不機嫌そうに舌打ちをすると「しまったコンボ技でも決めておけばよかった」と気がついたようにぼやいた。これを主が見たら何というのかも分からなかったが、取り敢えず叱られることは必至だろう。
彼が去ったところには何一つとして残っていない。

「まっくろくろすけのくせに、生意気な」

絶対名前でなんて呼んでやるものか。
ぺろりと舌を出して、彼女は満天の空を見上げる。戦いの後なんてことを思わせないほどに、十字星は煌めいている。
宵闇でもなければ花火でも打ち上げたのだが、残念だ。

「……あージャーファルに怒られるなぁ」

ごめんね、マスター。
ウインクして謝ってみる姿を想像したが、あの真面目な政務官が許すとは到底思えず、あの真っ黒な男のせいだとはいなくなった男に八つ当たりするようにぼやいて、そして絨毯に乗り直すと気ままに空を再びドライブし始めた。
何の因果か、以降度々衝突する出来事にが駆り出されることとなる、そのことも知る由もない。


ただ、今は、満天の空が静かに彼女を、そして街を見守り続けている。