ネアポリスのスタンド使い

 アビー・ロードというスタンドを使えるということをは人に公言しないように、とブローノ・ブチャラティに救われてから約束された。
 その理由を知るはめになったのは、彼ら―――「ブチャラティとその一行」が、それらを駆使して戦っている姿を目撃してからのことだ。
 あいにくと、はバイトが入らない以外は大抵暇をしているので、学友と一緒にジェラートを食べたりだとか服を買いに行ったりだとか時々彼氏とデートに言った友人がどこまでいったかなんて下世話な妄想と予想を繰り返すぐらいだったわけで。
 そんな友人達と初めてあの惨状を見たときはそれはもうひたすらに気分は最悪だった。

 はネアポリスの築200年程度ほどたっているアパートに住んでいた。どこにでもある、何処にでも居るような家族。
 それがぶち壊れたのは、例の抗争のステージと化した「あの日」なわけだが。
 にとってそれは重要なことではない。なぜなら結果としてという人間が独り立ちするキッカケを得たのである。家を出て、しかも良いホテルに泊まっているのだ。これでは全く自炊だの何だのひとりだちになっていないのだが、まぁいい。
 それもこれもブローノ・ブチャラティのおかげである。

 なので、彼女はいつも言葉にしていた「ブローノ・ブチャラティはとてもギャングには見えない」を頭のなかでわかっていて、それでいてわかっていなかったのである。

 現状、街中は最悪に近い。
 ガラスが割れて、彼女が歩けばパリン、と破片が割れる。目の前では「その使い手以外は直視することが出来ない」というスタンド同士の戦い。
 片方が拳を叩きつけているのと同じタイミングで彼は言葉を交わす。無駄、無駄、無駄、無駄。

 相手は何かを言い返している。どうやら自然と言葉にしているようだった。何の会話かは分からない。だが、折角のお気に入りな下町の洋服屋(金のない学生御用達の古着屋だ)は店主がとっくに避難していて、ガラスが割れていて、服を着ているマネキンが揺れている。
 彼女が見た「抗争」はこれで5度目だ。一度目は完全に巻き込まれ、二度目は自分から見に行った。残り2つは巻き込まれたというよりも、彼女もまた渦中の人間だということを知ってしまったがゆえに自分が嵐の目となったのだ。

「……スタンド使い狩りでも流行ってるの、ネアポリスって。この前のニュースもそう?」
「そんなニュースがあったことすら知りませんよ」

 手招きされて、逃げるように入り込んだビルの隙間には様子を窺っているイタリア人がいた。その名前からして空腹感を増すような人間なのだが、彼は「パンナコッタ」と呼ばれることを余り好き好んでいるようではない。なので、親愛の証として彼のことを「フーゴ」と呼ぶ人間が多いようだ。は彼に関してはブローノ・ブチャラティの紹介で何度か顔を合わせた程度である。

「また貴女が何かしたのかと」
「私が?なんで」
「この前みたいにスタンド使いにスタンドが見えるからって声をかけたんじゃあないかってブチャラティが」
「だってこの前はアルベルティーニがスタンド連れてたから!」
「あ?」

 実際、品位のありそうなパンナコッタ・フーゴ。
 だが、地雷がどこか分からない。着火点がどこかも分からない。ゆえに、よくナランチャはキレられている、というのがジョルノからの情報である。そしてその矛先は割りと容赦なくにも向けられるのだ。は銃声と断末魔に顔を歪めながら「ネアポリスの救世主になるかもしれないじゃない」とぼやく。ネアポリスはここ最近7連敗だ。このままではセリエのリーグ落ちも目に見えているし、降格争いだの何だのやるはめになるなんて町が荒れる原因にもつながるので実に御免被りたい。
 の周りにはネアポリスファンも多い。そしてもまた、ネアポリスのサッカーチームといえば「ネアポリス」なのである。
 フーゴはどうでも良さそうにため息をついた。先ほどの「あ?」という声はどうやら反射的に出たもので彼は今まだ何とかクールを保っているようだった。


「死にたくないなら黙ってるんですね、そもそもそんな使えるスタンドじゃないですし、のものは」
「壁スタンド使って登って逃げるってのは?」
「今言ったこと完全に無視しただろこのド低能がっ!目立って死にてェのか!!」

 フーゴに叱られ、は抗争の先に視線を投げかける。
 金髪のカールを巻いた青年。一応学友(だが、彼は学校に行かなくなったとも聞いた)のジョルノ・ジョバァーナで間違いないだろう。彼は何かと戦っている。相手もどうやらスタンドのようだ。相手のスタンド使いは誰かは分からない。首を出来るだけ伸ばしてみると掴んでいた壁がぐにゃりと揺れて思わずバランスを崩しかけた。
 この能力はトリッシュ・ウナの能力であり、はトリッシュ・ウナの存在についてはブチャラティにこれまた先日聞かされたばかりである。……いろいろなことが積み重なって彼女もどうやら大変な人生を歩んでいるらしい。上空ではエアロスミスが動いているし、多分どこかでミスタも暗躍しているのだろう。
 ここ数ヶ月、一気にの生活は変わっていったのである。





「なんですか、本当に外にいたんですか、あんた」
「…………迂回すればよかったと心から後悔してる。そっちこそ学校行ってるの、ジョルノ」
「やることがあるから無理ですね。それより自分は行ってるんですかそんなこと言っておきながら」
「手、血出てるけど?」
「ああ、まぁ、治しておきます」

 豪快な無視の仕方だが、ジョルノ・ジョバァーナは何も言わなかった。
 ジョルノ・ジョバァーナはギャングである。否、それどころかこの地域ネアポリス一帯を仕切る「パッショーネ」のトップだという話も耳にしている。というか、事実そうなのだろう。
 ここ数日、彼らがいない時期があった。その間に何かいろいろあったのだという。
 にとってはバイト三昧の、チャバッタを押し付けられて夜はリングイネのアラビアータ、もしくはチャバッタとクラムチャウダーという寂しい事この上ない連日の食事だったわけなのだが、どうやら彼らはそれ以上に大変だったのだという。

 …………そして、その中で、多くの人間が何度も死んだという話をはジョルノから聞いた。これはオフレコらしいし、事実彼らは今「生きて」いるのだから、少し違うのだろう。
 実際に生き残ったのはグイード・ミスタ、トリッシュ・ウナ、そしてジョルノ・ジョバァーナ。パンナコッタ・フーゴは一度チームを離れた、とも聞かされた。ではどうして残りの3人は息を吹き返したのか。それはジョルノ・ジョバァーナが持ち合わせた力のお陰、なのかもしれない。
 もしくは死体を埋めずに取っておいたからなのかもしれない。
 理由に関しては、とにかく、にはよくわからないし、何より彼女はそこまで頭が良くないので彼らに説明されても結局「へえ」と知ったかぶっておくのが限界である。だから、まぁ彼女の中ではいいのだ。


 抗争はまだ終わらないようで、新しいボスとして君臨しているジョルノ・ジョバァーナに、No.2のポルナレフなる亀(実物は違うらしい)と、同立のブローノ・ブチャラティ。そしてNo.3にいるミスタ、アバッキオ、ナランチャ、フーゴ。彼らの順位に関してはよくわからないが、其々に其々の役目がある、ということだ。


「ねえ、トリッシュは?トリッシュは来ないの?」
「いますよ、ついさっきまで男をボコボコに一番してたのを誰だと思ってるんですか」

 そして、前のボスの娘、トリッシュ・ウナ。これがの知る「ブチャラティ」が率いているチームのメンバー、そしてパッショーネの上層部?だ。
 ついでに暗殺組織もあるのだという話を聞いたが、誰がどんな職業をしているのかだとかは知らない。いづれ紹介するかもしれないが知らないのが一番いい、と諭されたのはつい先日ネアポリスが記念すべきダービーを3−5という馬鹿試合をした上に負けた日の翌日のことだ。


「つーかよォ、
「何?」
「ハラヘッタ!サラミヨコセ!」
「ええ、これはバイト代で買った今日のカルボナーラの具だもん。やだやだ」

 聞けよ、というミスタの声が悲しく響くがはピストルズに追い掛け回され、奇怪なダンスを踊り逃げる。
 ぱりん、と足もとでガラスが何度も割れる音がして、響く。警察が来ないことへの違和感を誰もが抱いていたが、見ないふりでもしているのだろう、街中はいつもと変わらず人々が出入りし、そして片付けを行っている。…………ネアポリスという町は改めて、変な街だとは考える。

「そういえば、ブチャラティから言伝ですけど」
「何?ネアポリスが負けたからって荒れるなって?」
「いいえ、まぁそこは自覚あるだけマシとしますけど」

 しばらく、アジトで過ごしてくださいってことらしいですよ。

 彼の言葉に声を失ったのはだけではなかった。合流したトリッシュは唖然としていたし、意味が分からないとナランチャとミスタは顔を見合わせていたし、フーゴは露骨に嫌な顔をしている。
 だが、ジョルノは平然として言う。ボクもそれがいいと思うのでそうしてください、と。


「…………ギャングと関わっちゃロクなことがないってよく言うね」
「ええ、そのとおりですね」
「………………何、ギャングにさせられるの私」
「まさか、腕っ節も弱いしハニー・トラップも出来そうにないあんたを入れて何の得があるんですか」

 彼は体格がいい、品位もありそうな笑顔で毒を吐く。は硬直しながら「じゃあなぜ」とそう年齢も変わらぬ少年に問いかける。この時点で上下の関係は確立されていた。
 ジョルノ・ジョバァーナは笑う。


「だってあんた、スタンド使いなのに放置しておいたら危険じゃないですか。監視です」
「…………イタリアーノならちったぁ優しくエスコートするように言ってほしいもんなんだけど」
「それは失礼。じゃあ僕達のアジトへ是非いらしてください、君みたいな花があったほうが僕らも嬉しいですから」

 微塵足りとも心が入っていないものの、とても顔の作りのいい彼の笑顔には不覚にもどきどきした。
 ……自分で言い出した手前「だが断る」という選択肢を出すほど馬鹿じゃあない。相手はギャングだ。怒らせたら怖い。それならば、淑女として。
 にっこりとは笑った後に彼に手を差し出した。

「じゃあネアポリスが勝つことでも願っていてちょうだい」
「12連敗でしたっけ?」
「7連敗!そんな負けたら一気に降格圏じゃないの!今勝ち点詰まってるのに!」
「たいして変わらないわよ、今と順位」

 彼女はトリッシュ・ウナの容赦無い一言に打ちひしがれる。イタリアーナなのにサッカーに興味ないなんて、国技なのに!という彼女の主張は全くを持って虚しく、セックス・ピストルズたちに笑われて終わった。
 その後、アバッキオと並んでゆっくりとやってきたブローノ・ブチャラティに「連敗中でも荒れないように」と全くを持って同じことを言われたのは、余談だ。


2013.09.14

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