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ココロの跡
2013.09.21 過去ログから
彼女の平穏はいずこ
「あれ、何これ。……ん、ちょっと待ってよ?あれ、疲れてるのかな」

 ごしごし、と何度か目をこする。
 可笑しい。自分は今の今まで遊んでいたはずだ。
 この後もう店を少し回って、買い物をするはずだった。いや、現在進行形のはずだ。
 その右手に握られた春色のパーカーは間違いなく店のもので、名札が付いている。
 ……おかしい。
 全力で、おかしい。

「……どこ、此処」

 周囲は自分とは明らかに服装が違う人間が行き来している。
 あたたかい雰囲気で、何かを話している。それはいい。それはいいのだが、彼らは全員和服を着ていた。呆然と、ただただはその場に立ち尽くし彼らを見ていた。
 彼らの視線は明らかに此方にも向けられている。

 何だこれ、いやむしろ何だここ。

 そんなときだ、大通りを何人かの淡いブルーを着た人間達がまとまってやってくる。
 あの色に、は見覚えがあった。
 前に京都の修学旅行で売っていた羽織だ。そしてその羽織はよくドラマだの漫画だのでも見かける。
 確か、浅葱色。綺麗な色だ。――彼女はぼうっと、その浅葱色の集団を見つめていて、やがてふと思い出したように「新撰組パレードだ」とぽつっと呟いた。
 ……それだけだったらどれだけよかったのだろう。
 新撰組の人々を見終わった後に彼女は手に握られている春色のパーカーに思わず現実に引き戻された。まだ購入前の服だ。買っていないのに勝手に持っているということは窃盗に繋がる。慌てて周囲を見渡したが矢張り周囲は自分の知っている場所とは明らかに違う。参った。思わず携帯を鞄から取り出すが、携帯の時間は露骨に「おかしい」


「……バグってるってレベルじゃないんだけど」


 1864年、4月10日、12:35と、ディスプレイには書かれている。バグにしても、有り得ない文字だ。1800年代って、って思わず彼女は「江戸時代?」と苦笑を落とした。ばかばかしい。どんなSF小説でも何かしら階段から落ちたりだとか、危ないことがあって時空を越えるものだ。自分は違う。自分は買い物をしていたのだ。友達と三人で。そしてそれは何も代わり映えすることのない、何も変わったことはなかった日常だ。おかしい。有り得ない。ぐるぐると自分の考えがまとまらず、思わず笑いを落とす。馬鹿じゃないの、と。


「何がー?」
「うわっ?!」

 考えに耽っていた彼女は気づかなかったが、気付けば自分と同い年ぐらいの青年が此方を覗き込むようにしてじっと見据えている。先ほどの新撰組パレードの集団の一人なのであろう、浅葱色のそれを着て、彼は居た。
 は「おお……」と思わず感嘆の声を上げたが直ぐに一歩引く。こんなところで、こんなタイミングで声をかけられるということはどこかのナンパとも取れる。青年は上から下まで興味深そうに彼女を見た後に「変なカッコ」と思わず呟く。

「なっ?! いきなり何?!」
「だって変じゃん、お前」
「は?!」

 なんだこいつ。かちん、と彼女は思わず顔をゆがめた。
 普段から血気盛んな人間であることを友人から窘められていたとはいえ、は彼が「誰」なのかもしらず、直ぐに噛み付き返す。「アンタみたいな変なパレード男に言われたくないんだけど!」まくし立てるように言うと、少年は少し驚いて「ぱれーど…はぁ?」と思わず聞き返した。
 どこだか分からない場所にいきなりいて。ついでに言えばちょっとかっこいいかなと思ってしまったような青年に「変」と笑われて。更に更に言えば携帯の調子もどこか可笑しくて。
 彼女は苛立ちを隠さないまま、スタスタと歩き出していった。あ、てめぇ待てーと少年は追いかけてきて、の手首を捕まえたが、はばし、とそれを叩いて睨みつける。


「いってーな、何しやがんだ!」
「何すんのよ!」
「はぁ? お前が先にしたんだろーが!」
「何いってんの?大体パレードやってたんだから戻りなさいよ職務怠慢!」
「だから『ぱれーど』って何だっての!」
「煩い煩いこのコスプレ新撰組!」

 こす、と思わず彼は再び呟いたが「あーもう皆どこいったのよ!」とは自分自身のことでいっぱいいっぱいで当然耳には入ってきやしない。
 カチカチカチカチ、と何度も何度も携帯でメールを打ってみても電波は圏外のままだ。諦めて鞄の中にほうりこむと、少年は相変わらず此方をじっと見つめている。


「……な、何よ」
「お前さぁ、さっきから妙なことばっか口走ってるよな」
「はぁ?」

 どこがだ。有り触れた日常用語しか用いていないのに、この男は何を言っているんだろうか。理解できずに逆にぽかん、としてしまったをじろじろと少年は見ていると、やがて僅かに口端を緩めて「しかも聞き覚えのない単語さっきからずーっと出てくるし」と繋げ、最終的には攘夷派だったりして、と呟いた。
 じょうい。その単語が残念ながら「尊皇攘夷」という単語に結びつかず、は「はぁ?なんでそうなるのよ」」とだけ返した。……が、揉めている彼女達に気付いたのだろう、少年の仲間であろう浅葱色の(いわくの「パレード仲間」)男達が二人、追加された。巨漢の二人組みに思わずたじろいだが、彼らに対して少年は「新八っつぁーん」だの何だのと単語が出てくる。沖田、土方、新八、左之。
 ……既に、は顔色が真っ青になった。何のドラマの撮影中だ、それにしてもこの俳優達は知らない。けれども彼らはいたって真面目な顔をしている。

 ……まさか。
 まさかまさかまさか。
 いやいやいやいや、有り得ない。
 …………けれども、1864年と表記する携帯。和服、単語……ついでにいえば、会話が通じない。


「……いやいやいやー、そんなまさかねー、あってたまるかー」
「おいお前、今殺しはしないけど捕縛すっからな」
「あはははははーやだぁ、ぶっちゃけありえない、ないないない。うん、ナンセンスすぎる」
「おーい、聞いてんのかー?」
「……聞いてるけど見たくない見たくない聞きたくないこれはnotリアル but夢なんだ、そうだ、そうなんだ!そうだよねぇ、ドラマの見すぎだよねぇ、試験明けだからって遊ぶのよくないね!全く!」

 明るく吹っ切れようと笑ったが――何処からどう見ても空元気だったのだろう。更に言えば、そんなが煩かったのだろう。どん、と首の後ろあたりにやたら強い痛みを覚えた瞬間に、彼女はぐらりと倒れて――そのまま気を失った。

 ……そして、目が覚めた後に鞄がないことに対して早々に騒ぎ暴れ、やってきた先ほどの少年と大騒ぎをして、最終的に散々怒られることになったのは少し後のことである。
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