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ココロの跡
2013.09.21 過去ログから
彼女の平穏はいずこ
「なぁ、土方さんどこだ!」
「痛い!引っ張らないでよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒がしい屯所前に、沖田総司は露骨に嫌そうな顔をした。ここが騒々しいのはいつものことだが、女独特の高めの声が入り交じっていたからである。またどこかの誰かが女を引き入れてきたか。切腹してもらうしかない。
 生臭い、きな臭い話を想像しながら今しがたまで茶化していた相手、土方歳三が顔をより渋めたのを確認したあと、からりと笑った。

「まぁた問題ごとですかねえ、土方さん?」
「…………総司、てめぇ見てこい」
「ええー、僕がですか?」

 面倒だなあ。千鶴ちゃんにでも生かせなよ。素っ気なく言う総司の横を千鶴が茶を片付けつつ伺っている。雪村に行かせてどうすると露骨な不機嫌さを隠すこともなく苛立ちを募らせる土方に、内心総司は笑った。
 普段美丈夫である彼の顔が崩れることが楽しい。ざまあみろ、なんて言ってはまた問題になるか。悟られないような表情をしていると、ドタドタと騒がしい足音が響いてくる。この足音は恐らく、と視線だけ向けると案の定少年の姿がある。

「副長、失礼します!」
「騒がしいぞ市村!」
「すみません!藤堂さんが不審者を見つけたと言うことで屯所前でその者と騒いでおりまして」
「不審者ぁ?」

 市村鉄之助。雪村千鶴と同じく土方の小姓だ。兄市村辰之助と共に入隊してから騒がしく日々を過ごしている……が、茶を淹れるのが苦手な男である。
 八木邸を突き抜けるほどの騒がしい声。何だ、という他の隊士の声。どうしましょう、という視線を送ってくる市村。…………そして、楽しそうな沖田の視線。

「――めんどくせえな……おい、その不審者とやらの身なりは」
「監察の山崎曰く、年は16,7の女、洋装をして聞きなれぬ言葉を叫んでいるようです」
「異人か」
「あれれ、なら僕が斬っちゃってもいいのかなあ」

 それなら喜んで。
 呑気に言う沖田を黙殺し、土方は腰を上げる。雪村は慌ててその背中を追い、市村は「千鶴、茶!」と彼女の片付けを指摘しながら器用に盆に片付けていく。




「だからぁ、私にはかんけーないって言ってるでしょ!離してよ、ええいはーなーせー!」

 大の男三名に担ぎ込まれて、腕も身体もしっかりと固められては身動きが取れない。
 それでも人身御供になるのは勘弁と先ほどから声を荒げる。靴が脱げそうになり、その足を思い切りぶん、と蹴っ飛ばせば靴だけが飛び、入り口にハデハデしい音を立てて落ちた。

「あっ」
「あ」
「…………あちゃー」

 そして、その靴は、綺麗に男にぶち当たった。青筋が立っている男だ。その後ろを笑いながらついてくる男と、少年二人。

「おい……俺は不審者が出たというから来たんだが」
「土方さん大丈夫か!」
「おいお前、じゃじゃ馬もいい加減にしておけよ!」
「だから離せって言ってるじゃないの!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる彼らを一括して彼はうるせえと叫ぶとを見やる。細長い、切れ長の顔。柔和な雰囲気がある中での豪傑さ。
 どこどこの俳優に似ている、なんてちょっと思いながらは今ぶつけてしまったことを素直に謝ると―――男は、彼女に一瞥した後に「連れて行け」と一言だけ言い切った。
 再び彼女は俵担ぎをされ―――そうして、見知らぬ場所に再び突っ込まれた。


 周囲に男たちがいる中で、彼女は足を正座させて座っていた。両腕は縛られているのでまるで囚人のようだ。猿轡をされたいのか、嫌なら静かにしろという少年の言葉にうなずき、部屋に幽閉されて早2時間ほど経過し。
 曰く「幹部」が集うその現場に彼女は連れてこさせられた。

「…………まずは名から聞こうか」
「…………
。お前、誰に仕えている」

 否、誰の女だ。
 先ほどの男はに問いただす。さらりと長い髪の毛が揺れて、彼女を問いただしている。誰の女、と言われてもには見の覚えもないし、叫び疲れていたので何のこと、と少し枯れた声で聞き返すのが精一杯だ。

「……桂か、はたまた坂本の間者か?」
「あのへんの連中がやるとは思えんがなあ」
「近藤さん、どう思う」

 人の良さそうな男は少しを見た後に「まずは安心させてやるところからじゃあないのか」とやんわりと笑った。
 、お前を生かすも殺すも俺たちの自由だ、と男は言う。その殺気に当てられてもはやは先ほどの噛み付く気力もなかったので―――ただじわりと出た涙を隠すこと無くこぼして何故、と呟いた。

 普通に、普通の生活をしていたはずだ。
 特別悪いことをした覚えもない。そして漫画の空想にフケていたわけでもない。
 だが彼女がいるのは、この場所は、痛みがあってそして何より陽子の知っているようで知らない世界だ。

「外からの間者という手は」
「そうするとどこだ、英吉利か、仏蘭西か」
「……どちらにせよ、このまま返すわけにはいかないな」
「なら、斬っちゃっていいでしょう?」

 沖田は呑気に言う。その刀をすうっと抜きかけたが、黙殺されたので渋々と腕を組み、だがどうやってもの動向を見逃さないようにと睨みつけている。


「あとさ、こいつが持ってたやつで、なんだろう、箱?みたいなのがあるんだけど」
「なんだこれ。…………箱に何か書いてあるな」

 携帯電話を見ながら、かちかちと彼らは指を動かしてみる。その姿に、は改めてこの世界が「自分の知る時代」「自分の常識」ではないのだと自覚した。

「イギリスもフランスも関係ないよ」

 だが、言い負かされて、死ぬのを待つだけなんてことは彼女は出来なかった。縄で縛られている以上は抜け出すことは出来ない。
 ならば。
 自分の主張を聞いてもらうしか無いのだ。

「私は、ここの人間じゃない」
「……つまり、異人であると。どこだ」
「未来だよ。ここの100年先の未来から来たんだよ!」

 ……この時ほど、自分自身が間の抜けたことを言っていると痛感したことはない。必死に主張してはみたが、彼らの空気は硬直の後の「何を言っているんだこの女は」という呆れ顔であったし、誰もそれを信じている素振りはしてくれない。

「ほ、本当だから!だって私、ついさっきまで春物買いに友達と出かけてて、そうしたら橋に居て、ええと」
「平助、橋ってぇのは」
「一条戻り橋だ。こいつ、ぼーっと立ってたし、洋装だし目立ってたから巡察の途中で捕まえたんだ」

 そうしたらワケわかんねーこというからさぁ。
 少年は彼女の言葉に付帯する言葉をあれこれと並べてみる。だが、この場にいて彼らと「未来」の人間であるを信じるものがいるかと聞かれればは答えは否だ。

 ……そうして、は己の鞄から何かないかと漁って見る。だが彼女の鞄の中には最低限の筆記用具とプラスαしかない。
 ……どう足掻いても信じてはもらえないことを知り、ただただ彼女は「どうして」「私関係ないのに」とこぼし続けた。

「とりあえず――監視にしておくか」
「ええ、斬らないんですかぁ? 危ないでしょ、こんな何言ってるかわからない子」
「雪村にでも見張らせろ。見逃したらあいつの命もないと言えばまじめにやるだろう」

 青年は少し残念そうにはいはい、と付け加えた後―――すっと、の横に立って爽やかに、良かったねと笑った。

「君が逃げ出すと、一人関係ない子が死んじゃうんだって」
「……!」
「勿論、勝手に逃げ出したら君も殺しちゃうけどね、僕が」

 じゃあねえ、と男は去っていく。
 その姿を見送りながら男たちは「あいつ本当に」と何かを愚痴っていたが、はそれどころではない。
 ここは、どこだ。ここは、過去。私は誰だ。私は
 私は何処へ行きたい。未来に帰りたい。

 ぐらぐらと頭が揺れていると、「平助、てめぇが見つけてきたんだからてめぇが面倒見ろ」と男―――土方が言うのが聞こえてきた。

「えー!」
「お前、俺の話し聞いてなかっただろう」
「いや聞いてたけどさあ、でもこいつ、嘘ついてるように見えなかったしさ」
「いいから。お前と雪村、後市村にも面倒を見させろ。……いいか、他言は無用だ。女が新選組に軟禁されてるなんて他の隊士に漏らしたら俺達の信用も落ちる」
「…………いいけどさぁ」

 部屋は?一番奥の錠を使える場所がある。
 彼らの会話の後、赤髪の男が陽の腕を片手で引っ張り持ち上げた。男は随分大柄で、の困惑に対して「悪いな」と一言しか言わなかったが――そのまま彼女を部屋に連れて行く。

 叫ぶな。喚くな。
 周囲にばれるな。
 そうなった瞬間にお前の見張りは死ぬ。そしてお前も殺す。

 ぐらり、ぐらりと彼女の頭は揺れ続け―――まるでメリーゴーランドのように、繰り返し繰り返し、少年たちの言葉が鳴り響いていた。
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