薬草だとか、そういったことに関して残念ながらは詳しくない。
彼女がやっていたことといえば簡単な料理と裁縫、家事は分かれど専門知識はない。
だがここではそんな甘えは通用しなかった。平助は薬草と山菜を取りに行くかあ、と実に呑気にいうので一度に覚えようと彼の後ろをついて行く。
そういった日々が続いている。最初は微塵も分からなかった山菜も、少しずつ認識するようになった。
ここから村まではやはり距離があるらしい。殆ど自分たちから会いに行かなければ、人とは合うことも早々なかった。
は籠の中に山菜を取りながら平助と他愛ない会話を広げる。
「この前食べた狸は美味かったなあ」
「平助君、これは大丈夫?」
「んー?あ、それアクが強いからお浸しにしようぜ」
が驚いたことは先ず、平助のその食べ物に対する欲求だ。
彼は庵に住んで長いのか野草への知識もあるらしい。が料理にと出した握り飯と味噌汁を食べながらしみじみとあったけえ、と言っていたことが印象に残っている。そして狸や狐、といった生き物も食べる。
「肉を食べるのは外の国では普通なんだって昔言ってたんだよ」
そう言って押し付けられた狸汁は、確かに驚くべきこくがあり、まろやかだった。
また、彼はとても朝が弱い。
なので、日頃は明け方が目を覚まし仕事を行い、近くの祠の手入れをして家事を行う。
だがこの段階で彼は起きだそうとはしない。
夕暮れ前、彼はゆっくりと目を覚まし、そしてと食事を取る。彼は其の後夕闇の中でどこかに行き、そして食べ物を渡してくるのだ。
「平助君、今日のこの葱は……」
「それなあ、山の近くで迷ってた奴がいたから案内したら礼にって」
彼は山に芝刈りに行っている、というわけでもないらしい。
と平助による生活は実に質素なもので一日における朝と夜の食事も山菜が主だ。村にが時折降りて平助から渡された金で米を買う。近くに畑があるためか、人との関わりが薄いもののどうにかこうにか生活できている。
そんなある日のことだ。
「、今日は祠の掃除俺がやるから。夕飯作ったらのんびりしててくれよ」
祠、というのは彼等の庵から少し歩いた山の中にある小さな祠を指す。
聞けば源平の合戦の頃だとか、室町時代だとか色々な諸説があるらしいが、家から近いこともあり、大体最近はが朝方に掃除をしている。
「何かあるの?」
が聞くと彼はにこやかな笑顔を向ける。聞くな、ということなのだろう。
は平助が言葉にしない以上は深入りをしまいと頷いた。
そうして、一日二食のうちお互いが揃って食べる夕餉を食べる。いつもより多めに豆を入れた雑煮は彼らの胃袋にあっさりと収まった。
平助の言いつけ通り、夕餉を片付けるとは洗い物を済ませ、横になっていた。
どのくらい経っただろうか。宵闇の中で、平助が出かける音がする。
ゆっくりと扉が閉まる音を確認しは身体を起こし、残り少ないろうそくに火をつけた。
星が明るく照らしているとはいえ、人があまり住んでいない庵の近辺はほぼ何もない。まるで視界がなくなるような状況だ。
平助には何かがある。それはにもわかっていることだ。
だが、それと同じようににも事情がある。お互いの過干渉を避けながらうまいこと付き合っている。
そろそろ、彼女が転がりこんでひと月がたとうとしていた。
「……とはいったものの、寝付けないし」
困ったなあ。彼女は繕い物でもしようと裁縫箱をいそいそととりだした。……が、どこかで音がした。銃声のそれとよく似た音。ついで煙の匂いがする。誰かが野営でもしているのだろうか。
反射的に身体を起こし、身構えた上ではぐるりと見渡した。
戦は終息しているはずで、銃声なんてものを聞くはめになることももうないと思っていたがそうでもないらしい。
火をもち、ゆっくりと外を歩き出す。
――それが何か、なんてことはすぐに分かった。
人だ。銀色の髪をした、獣のような人間だ。
男は火縄銃に似た何かを持っている。むせ返る硝煙の匂いには己の身体をよりこわばらせた。嗅ぎたくもない、ひたすらに嗅いだ匂いだ。
その佇まいに見覚えなんてものはなく、異形な姿に彼女は身構えた。
だが、男の身体は砂のように崩れ落ちかけている。彼はを見ると、一歩、二歩と近づき、そうして、彼女を襲おうとした。
首に手をかけた瞬間、何かが思い切り音を立ててその男の身体に当たる。石だ。
男の体、左二の腕から下の腕部分はさらさらと砂塵になり崩れ落ちる。
男の目は狂気に満ち溢れ、そちらを見やる。
そこには、ギラギラと光る赤い目があった。
だが、それが何かは分からない。には一瞬の出来事ですぐに見送ってしまい、男がそちらへかけ出した時点で、彼女には関心をなくしていたのだろう。呆然とそちらを見送ることしか出来なかった。
置かれていた銃。
男はその銃を捨てていったがはそれを拾い上げる。
現実に返ったのは、己の身体が予想以上に震えていることに気づいたからだ。
寒さのせいではない。恐怖心だ。
―――これは、同じだ。あれも、自分も。
「……業の深さは抜けないってことかな」
人を殺した罪。その罪に後悔はない。会津の人間ではなかったにしても、彼女の決断に後悔はない。
だが、それでも彼女の周りにつく罪という意識は薄れかけていた想い出を「忘れるな」とばかりに押し付けてきている。
はゆっくりと息をつき、立ち上がった。
こんな恐怖で怯えている姿を誰かに―――平助に見られることは、したくなかった。
それは確かに彼女が「知られたくない罪」を抱いているからなのかもしれない。
は元きた道を戻りながら懇懇と考える。
今の男の存在、赤い目の何か。獣、といえばいいのだろうか。何者かは分からない。何故、恐怖したのかも分からない。
「変な話」
人を殺している自分のほうが、よほど獣より畜生だというのに。そうは己を自己嫌悪するように溜息をつく。後悔はない。だが、懺悔は終わらない。罪の意識は消えることはなかった。
