故郷ヲ思フ


03.行商


その日はいつもより日差しが穏やかな日だった。珍しく、藤堂平助は朝方に目覚めており、朝食に味噌汁を共に味わった。
彼は空を眩しそうに見上げながら、あー、と呑気に茶を飲んでいる。隠居生活というのに相応しいこの質素な生活をどうやら彼は満喫しているらしく、は炊事洗濯を簡易的に済ませ、掃き掃除を終わらせるべく竹箒を片手に外へ出た。外には少しずつ花が咲きほころんでいる。

そんな時だ。
珍しく彼らの庵には来客があり、は目を白黒させた。すらりと背の高い、髪をざっくりと切った青年だ。目付きの悪さが少しばかり気になったが、どうやらそれは生まれつきのようでもある。

彼は行商らしく、ふらりふらりと旅をしているのだと聞かされは小さく頷きながら話をいくつか交わした。
ぐう、と鳴った腹の音に彼は慌てふためいたが――……はそれがどうにも可笑しくてころころと笑う。庭先でのやりとりが気になったのだろう、井戸に足を浸していた平助が「?」と声をかけてきた。


「すまん、主人にも挨拶をしたほうがよかったな。奥方、よければ通してもらえるか?」
「いえ、私も居候の身の上ですから。少々お待ちくださいね」

が平助のもとに訪れると、彼はうちわを仰ぎながら来客者に驚き首をひねっている。どうやらよほど「ここ」には人が来ないらしい。
入ってもらっていいか旨を聞けばすんなりと平助は受け入れたのでは急ぎ彼のもとへと戻った。

「どうぞ、よろしいようですよ。朝餉の残りで良ければお食事お持ちしますね」
「あ、いや……いやでも、すまん、馳走になる。井吹だ。俺は井吹龍之介と言う」

青年が庵に入ると、平助の少しこわばったいらっしゃい、という声が響く。
……後、彼らが揃いも揃って硬直したのは言うまでもなく、一人蚊帳の外であるは朝食に作った味噌汁を再び温め直しながら彼らの会話に耳を澄ませていた。



「と、と、と、……は?!え、おま、ええ?!」
「おわー、井吹じゃあねーか、すげーな縁って、あ、ー!飯もちっと豪華なやつにしてやってー!」

わあわあと彼らの騒ぎを耳にしながらは「はぁい」と小さく返事を返し、てきぱきと料理をこなしていく。追加でつけものくらいならば出せるだろうか。川に魚を取りに行く時間はなさそうだ。
時間を計算しながら、は料理をすませ、彼らのもとへと戻る。男、井吹龍之介いわく平助とは過去に共に過ごしていた時期があったのだという。


「そうでしたか、すみません、お知り合いだったらもう少し早くお通しすればよかったですね」
「いや、俺こそすまん、あと堅苦しいのはやめてくれ、あまり慣れてないんだ」
「そうですか?では善処します」

茶を出し、彼らの会話に耳を澄ます。
「さのさん」「あのあと」と、聞きなれぬ単語はいくつも出てきたが、活き活きと笑う平助の姿が新鮮でも自然と笑みが溢れる。
いわく、井吹はあちこちを巡り、己の作った簪等を売っているのだという。

「お前指先器用だしなー、へえ、すげーのなー」

まじまじと作ったものたちを平助が見ながら指でなぞる。井吹がが好みのものがあれば、と差し出してきたのでは困惑しつつ「え」と声を上げる。よもや自分に矛先が向くとは思っていなかったのだが、平助は頬杖をつきからからと笑って「もらえるならもらっとけよ〜」と呑気にいう始末だ。

「お前が選んでやればいいだろそれなら」
「えー、俺かぁ? 俺女の好みなんか知らねえもん……んー、じゃあ、これ」
「て、結局選んでるんじゃねえか」

が選ぶよりも先に、平助はバチ型の簪を手に取り、そのままに手渡した。漆塗りに桜の模様が描かれたあまり派手ではないそれには困惑し、あ、いや、でも、とおろおろと何度も見比べをした後に井吹に救いを求めるように視線を投げる。

「いいんじゃないか?あんたさえよければ貰ってくれれば嬉しい。……まぁ、昼餉の礼ってことで」
「いいんですか?…………ありがとう、ふたりとも」

はその簪を大切に掌で包、そののちに照れ隠しのように立ち上がると何か干菓子があったと思うといそいそと去っていく。
その後姿を見ながら平助はくくっと喉の奥で震わせて笑った。


「ありゃあ、多分照れ隠しだな」
さんはお前の嫁じゃあないんだな」
「ああ、から聞いたのか? そうだよ。あいつは居候」

内縁の奥方かと思ったんだが。茶をすすりながら言う井吹に平助は目をぱちぱちと瞬かせると困ったように小さく笑い「まさか」と言い返す。
男と女の同居生活とは何とも奇妙なものではあるが、色恋のようなものかと聞かれればそれは否だ。今のところ、現状そういったことはない。は献身的に平助に尽くしてはいるが、それは母性愛や恋愛といったものとは違うものに彼は感じた。

は俺が新選組だったのすら知らないんだぜ?」
「なんだ、言ってないのか」
「言えないだろー、世間的な立場考えたらさぁ」
「ここで世間も何もねえのにか?」
「まぁそうなんだけどな」

嫁にもらわないのか、と彼は暗に聞いていることぐらい平助にだって分かった。は己の出生がどこで、どんな風に過ごしてきたのかを口にしたことはない。多分、言いたくはないのだろうと彼は判断したし、あえて黙っている。
そもそもこの庵に来たのだって何故かは平助は知らないのだ。
偶然、めぐり合わせ、というのが一番適しているのかもしれない。
そんな平助を苦笑気味に井吹は笑い、追い打ちをかけるように聞いた。

さんはあれで結構強そうだぞ」
「結構、じゃねえよ、強ぇんだ」
「へーなら、余計に大事にしてやったほうがいいんじゃねえの」

女のいねえ俺にはわからないけど。井吹は少し懐かしいものを見るかのようにを追いかける。
またどこかであの女も生きているのだろう。息災であることを願った。
同じように平助もまた――、ここにはいない女を思い出す。
彼女はどうしているのだろうか。その答えはどこにもなく、誰にも分からない。


そうして、珍しい客は土産を1つ残して去っていった。平助はを見やる。
は全く変わらず、いつも通りに作業をして、食事の支度をしていたし、昼の時間でも起きだしている自分に驚いてはいたものの、いつも通りだ。

「あー、あー、あー、?」
「はい?」
「…………んー、やっぱ、いいや」

少しばかり引っかかっていることがある。それは昼に彼が井吹龍之介に言われた言葉であり、そしてあえて見ないようにしてきた言葉だ。
だが、それをに押し付けるのもどうにも良心の呵責で苦しい。
は何も知らない。
羅刹のこと、鬼のこと、自分のこと。
―――そう、知らないのに、彼女に全てを託そうとしているのだ。


「平助君、お茶が入りましたよ」
「あー!いるいる!」

実際の所、という人物は随分気遣いも出来る。居候、同居人としては申し分がない。茶をすすりながら、平助は考える。
彼女は何故ここに来たのだろうか?
その理由は?意図は。
何もかもが有耶無耶になったままではあったが、気にならないわけではない。


「京都はすげーことになってるみたいだな」
「ええ、本当に」

こののんびりとした庵に流れる空気と都の空気は明らかに違うのだろう。
は井吹が語ったことを思い出しながらいくつか話をする。ふ、と思い出したように彼女は言葉を漏らす。

「きっと京都の桜は今年も綺麗に咲いているんでしょうね」
「京都か」

風の音が庵にこだました。


「なぁ、


もし、俺が、新選組隊士だったら、お前はどうする。
その問いにはすこしばかり驚いた。新選組、は当然知っているが目の前の青年がそうだとは全くを持って想像がつかないからだ。
少しばかり考えた後に、彼女は己の茶をすすりながらそうですね、と苦く返した。

「私は田舎者ですから、実際新選組がどんな人達だったのかは分からないです」
「うん」
「ただ、すっだことさすけねえ

唐突な言葉に、平助は「は」と素っ頓狂な声を上げた。狐に摘まれたような顔をしており、その姿がにはおかしかったのか彼女はころころと笑って「気にならないですよ、そんなこと」と言う。

「だって、田舎者ですからね、私」

よく分からない理論だ。
あまりに唐突突拍子もない理論で、平助は吹き出して笑った。
ある意味らしいのかもしれない。


その“もしも”の中に自分が人でないこと、生き血をすするということを触れていなかったが……もし知ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。答えは見つからない。だが、今こうしてのんびりと笑っている時間がとても大切なように―――平助はゆったりと笑うに釣られるように笑い返してやった。

「いつか、見に行ってみるか、京都の桜」

そんな誘いの言葉はきっと言えないけれど、今のこの庵から見える桜はとても穏やかに彼らを包み込んでいる。
それで、それだけで彼にとっては十分だった。

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2013/10/01