Love and Study!


 非現実な日常に巻き込まれながら生きている彼の世界は当惑せずにはいられないものばかりだ。
 国語教師の癖に言葉の節々には英単語が織り交ざっていて、怒りだすと英語で怒るものだからには言っている意味が理解できないただ呆然と彼が荒々しく言葉をつむいでいる姿を見ていることしか出来ない。
 Shit!
 教室を出て行った彼をぼーっと見ていると後ろを小突かれる。何事かと振り返ればニヤニヤと笑っていた多智花八雲の姿がある。ぎょっとして身を強張らせると彼は机の上にちょこんと正座して再び食い入るようにを見据えてくる。

ちゃんってさぁ、もしかして真壁センセと付き合ってる感じぃ?」
「……うーん」

 付き合っている。そう断言出来れば苦労はしないのだが、生憎のところ「つかず離れず」であり、何よりも真壁は選任とは言え教師だ。教員が生徒に恋愛感情を抱くなんて話、漫画の世界でしか聞いたことがない。
 ううん、と首をひねり続けているに痺れを切らしたのか八雲は「みんなー、ちゃんはなんとぉー」と大々的に告白をしようとしたのだ。
 いくら彼女もClassZといわれる偏差値最下位クラスに所属しているとはいえ、それを「言っていいこと」か「否」であるかぐらいの判別はつく。あわてて彼の口に隣の席にいた不破の作ったおにぎりを突っ込むと彼はしゃべることをやめ、黙々と食べ始めた。
 はぁ、と溜息をこぼすと彼女を食い入るように見つめるクラスメイトたち。何事かと口を開きかければ次の瞬間怒号のような声が部屋に響いた。
 焦って止めたのが逆効果だったのだろう。女子は悲鳴に近い声を上げて、頑張れ、だとか相手は強敵だよとに励ましの言葉を投げかけ続ける。男子は男子で「真壁せんせー顔はいいもんなー」「ただ果てしなくがっかりな要素多いけどな」といろいろ言いたい放題である。

「Shut up! 何を騒いでいるんだお前たちは!」
「あ、真壁せんせー」

 は顔を上げて思わず彼を見た。
 国語準備室で古典を読み授業にどれを取るのか悩んでいた彼はそんな悩んでいた姿すら微塵も出していない。
 さすがは真壁財閥の若社長というべきだろうか。頬杖をついてぼんやりと真壁を見ていると、ばちっと音を立てて彼と目があった。


「今日は源氏物語をやるぞ、、源氏物語の巻数はいくつだ?」
「54です」
「great! 今日は4つ目の夕顔に触れる」

 ぱらぱらと教科書を開き、彼は朗読を始めていく。
 彼の言葉の一つ一つはやさしい。その唯我独尊的な性格からは見えない言葉。退屈な古典の世界がまたひとつ切り開かれていく。現代国語も古典も新任で担任の北森が教えてくれるのだが、何でも彼女は知恵熱を出しただとか何だだとかだと聞く。
 何ともなければいいのだけれど。ぼんやりとは思ったが、それ以上にこのクラスに充満する「ガンバレ」というようなすでに恋愛モードな雰囲気に思わずどうしたらいいのか分からず、はまた溜息をこぼした。

 付き合ってはいない。そして、付き合うこともきっとないだろう。
 だが、教師生徒とだけでもカテゴリーにするには少し違った歪で奇妙な関係。
 持っていた教科書を軽く丸めるとはぁとその角で頭を支え耐え切れぬような溜息をこぼした。何にしろ、勝手に“付き合っている”設定にされてしまった。どうしたものだろうかと頬杖をつくが真壁は授業に一生懸命だし、その話を聞いていることで自分もいっぱいいっぱいだ。


「はぁ」
「ほう、俺の前で溜息とは余程問題を解きたいと見える」
「えっ」


 あわてて立ち上がると実に楽しそうな笑顔を浮かべた真壁が彼女の発言を制するようにして再び朗読を続けている。
 ああ、まったく。そういうスマートなところも、嫌いになれない。再び溜息を付き添うになるのを堪えては彼の言葉を追い、本のページを捲った。