
失恋をした。
そのメールの一通にどんな顔をしたらいいのか分からず真斗は思わず沈黙した。ブースの向かい側では音也が話を盛り上げて、うまいことリスナーを誤魔化しているが、真斗はただじっと、その文面を見つめたいた。
彼女は学園に居た頃の同級生で、そして落第者だ。デビューしてからラジオを受け持って以降、何かと彼女は手紙を送ってくるようになった。
百合子は学園の出身者であることを決して言わない。触れる内容は至って普通で、学校のこと、友人のこと、リスナーとしてのMCへの意見。コーナーへの手紙……まちまちだ。一度に四通ほど送られてきたときは流石に暇なのかと思いAクラスのプロデビューが決まった友人たちで一斉にメールを送ったものだが、最近は随分と落ち着いたものだ。
彼女が学園を辞めた理由は多くの生徒達と同じく校則を守りきれなかったからだ。そして自分自身の実力に限界を感じ、ひっそりと彼女は学園を去った。
メールの内容は、至ってシンプルで、簡潔だ。
「このコーナーではあなたのお悩みをST☆RISHがずばっと解決しちゃうコーナーです。……いやぁ初っ端から強烈なのきたねー、」
ST☆RISHが交代制でラジオのパーソナリティを務める番組で、たまたま今日が音也と真斗の組み合わせであっただけなのだが、妙に真斗は胸が苦しなった。
メール文面には淡々とゴシック体で彼女の思いが書かれている。がやめた理由であるはずなのに、こうもあっさりと破局を迎えてしまうというのは勿体無く感じてしまう。
「なんだっけなあ、結構前にね、誰だっけなあ、誰かが言ってたんだけど」
マサ。音也の目が彼を呼ぶ。現実に引き戻されて真斗は音也の口調に合わせて時に冷静なツッコミを入れると彼は小さく笑ってくだらない話を続けた。彼の声はどこまでも明るく、真斗を引っ張りあげるので平静を保ちながら、音也の話に耳を傾ける。
彼は、ええとね、と言い合おした後に指をたてた。
「喜びと悲しみって大体ぐるぐるめぐってるから、折重なりあうんだって。だから、悲しいことがあっても次はミルフィーユ状にいいことが来るってこと」
もきっと、次の素敵な恋があるよ。
懲りもせず恋を何度も人はして、そのたびにときめきと悲しみを重ねあう。しみじみとそんなことを思い出し、真斗はマイクに向かってそっと口を開いた。
「……前を向いていれば、必ず良いことは起こるということだ。次のメールを読むぞ」
後、滞り無く収録は終わり真斗が一息つくと音也は少しばかり困ったように笑っていた。おそらく、彼もきっと真斗と同じ事を考えていたに違いない。無表情のままペットボトルの緑茶に口をつけると茶の苦味が少しだけ体をめぐる。音也は隣に座り、虚空を見つめながらぼんやり呟いた。それは、真斗に言い聞かせているのか、それとも自分に言っているのかわからない言葉で、彼は苦々しい顔をして見せている。
「……、別れちゃったんだね」
「……そうだな」
「俺、あの子の歌、好きだったんだけどな」
少し寂しそうに、この業界を恋愛のために諦めて去っていった彼女のことを思い出して音也は呟いた。一方的に送られ続けるメールの端々からしか彼女のことがわからないのが、歯がゆかった。
「マサってさ、のこと好きだったんだよね」
「……どうだろうな」
「好きだったんだよ、だってが学校辞めるって言った時一番ショック受けてたじゃん」
どうだったかな。濁した言葉の端々で、想い出の中の彼女を思い出す。好きだったかという問いに答えることは出来ないが、少なからず彼女の努力を積み重ねている姿は美しいと思ったし、頑張っている姿を見て己を律しさらなる高みへと努力しようと思わせてくれていたのは確かだ。
それを恋と呼ぶのかどうかは真斗には分からない。
けれど……彼は少し頬の筋肉を緩めた。
「……あいつが決めたことだ、アイドルも、学校を辞めたことも」
どうしていようと、どこにいても、彼女が相変わらずであればそれでいい。
そんな淡い、遠い思いを抱きながら真斗はペットボトルの茶を飲み干した。
後日、放送日の放送終了後に態々ファンレターという周りくどい手法で真斗と音也に御礼のメールが届いた時真斗が静かに笑ったのを、音也は見逃さなかった。
2012.05.14