in one's true colors

「うわっ、何してんだお前」

あまりの出来事だったので、思わずスフィントスは身構えた。
真っ黒のローブに真っ黒のとんがり帽子。マグノシュタットではスタンダードな服装を着ている。全くを持って普通だというのに彼女はその真っ黒なローブをぎゅうと抱きしめながら鬱屈とした溜息をつき、まるできのこでも生えてきそうな程にジメジメと落ち込んでいる。その姿に思わず身構えてしまう。

「ああ……スフィントス」
「やあスフィントス君」

彼女の横からひょっこりと出てきたアラジンに、スフィントスは彼がに何かしたのかと一瞬考えたが、直ぐにその考えを打ち消した。アラジンは何かとのことをかまってはいるが「おねいさん」とセクハラよろしく紛いのことをしていても最終的に踏み込むところはとどまっている。
は体育座りで落ち込んでいるものの、彼女が術の媒体に用いる樫の木に不死鳥の尾の羽根が入れられたという杖は手放していなかった。大方術が失敗したのか何かなのだろう。スフィントスは彼女の横の壁に並ぶように寄りかかり、背中をもたれさせながらを見下した。

「何、泣いてんの、お前」
「泣いてない」
「うそつけ」

鼻の啜る音が聞こえてきて、は反論できず、ぐっと声を鈍らせた。真っ黒のローブから見えるエリオハプトとは異なる肌や、彼女の髪を見ながらスフィントスは何故此処にシーシャがないのかと心から後悔した。煙草が吸いたいわけではない。ただ、煙管か水タバコでも吸っていないと彼女を直視することは躊躇われるからだ。
環状になった装飾品がジャラジャラと音を立てて腕を鳴らす。
仕方なしにポケットに入っているハンカチを差し出せばみっともない評定をしては顔を上げる。泣きべそをかいた、妙齢の学生にしてはだらしのない顔だ。

「泣いてんじゃん」
「……泣いてない」
「おねいさん、話せる?」
「……大丈夫」

アラジンの言葉に彼女は顔を綻ばせて、彼の頭を撫でた。
子供をあやすような態度ではあるものの、スフィントスは無理をしてまで笑おうとするにイラついて鼻にハンカチを押し付けてやった。ぶ、とバカみたいな声をあげて顔を上げたが――スフィントスの顔を見て、は何も言わなくなった。普段なら反論をしてきただろうに、彼女は彼の頭をアラジンと同じようによしよし、とまるで母親か何かのように撫でてやる。
褐色の掌がそれを拒むように突き放したが、彼の頬はほんのりとだが赤らんでいる。素直じゃないのは誰がどうみても分かることだろう。
はアラジンの手を借りながら立ち上がり、スフィンとすと同じように壁に寄りかかって、うつろな目で朗々と語り始める。

好きな人がいたこと。失恋をしたこと。
失恋から、授業中に魔術の暴発をしてペナルティを受けたこと。そしてそのペナルティとしての掃除をしていた目と鼻の先に目下失恋をした原因の男が同じように真っ黒のローブをして、すらりとした脚を見せる女と本を持ち、腕を組み、恋愛を楽しんでいた姿を目撃したことを。学内でも屈指の優等生である女で、その髪の色も、肌の色も、眼の色も、性格も、何もかもが違う。は冷静でありながらも感情の揺さぶりに負けて、また顔を俯かせ滴る涙を抑えきれず、そのままうずくまり、現在に至る。

「あーつまりなんだ、断ち切れねえってことか。そりゃあれだろ、男もお前みたいなのより可愛い子がいいに決まってんじゃん」
「……なによ、何が分かるのよ、アンタに」

ぐっと顔を上げたに、ほんの少しだけアラジンは彼女から彼の師のようなルフを見た。素直じゃない、不器用で、恋愛事にどうしても空回りしてしまうアラジンの師は、誰かに好意を向けることはできても、受け取るということを全くといっていいほど気づかない。
一方で、同室の彼からもまた、同じ国の男であるアリババの師のようなルフを見る。
気づいて欲しい、気づかないでほしい。きついことしか言えない自分への空回り。淡い淡い桃色のルフはスフィントスから彼女へゆっくりと向かって、結局届くことはなく旋回し、スフィントスに戻ってくる。それを繰り返していた。

けれど、のルフは直ぐに形を代えて、彼女はさめざめと泣いた。
女々しい泣き方だとスフィントスは舌打ちをしているので――アラジンは、いくら世間に疎いといっても、ああ、と言葉を漏らす。

「ねえ、スフィントス君」
「あ?」
「僕ね、さんのこと好きだよ」

彼は毒気を抜く発言をさらり、としてみせた。唐突すぎる言葉には顔を上げ、スフィントスは間抜けな顔をしてみせた。揃って放った「は」という言葉は虚空に舞、直ぐに消える。そこにはアラジンがにこにこと笑っているばかりで、彼の真意なんてものはにも、スフィントスにもさっぱりをもって分からない。

「だからね、余り悲しませないでおくれよ」
「……アラジン」

どういう意味なのか。彼は察したが、彼は決してに抱いている感情がスフィントスと「同じ」とは言っていないし、そうは見えない。スフィントスは、柄にもなく(というのも彼はそこそこ身分がいいところの出自でもあるため、奇妙なプライドもある)このという少女に淡い想いを寄せている。
シンドリアにいる師たちを思いながらアラジンはちょっとだけ笑ってみせた。
全く同じ光景を、数カ月前に見たばかりだ。

さんも、綺麗なのに、泣いちゃもったいないよ」
「……お前、末恐ろしいな」

あんぐりと口を開けたスフィントスに、彼らは知らない「幼いマギ」はうふふと可愛らしく笑った後に駈け出していってしまった。
天真爛漫な彼に振り回されたのか、の涙はすっかり引いてしまっている。目尻は赤くなっているが――彼女の視線の先は変わらずアラジンに向けられている。

「……お前さぁ」
「……んー?」
「もっと、周り見れば」
「周りって」

無理してキャラクター作ろうとするから失敗するんだよ、バカ。
彼女の帽子を深く深く、目元を隠すようにかぶせてスフィントスはさっさとアラジンとは反対方向に歩き出した。が顔を上げると彼は背中を向けており、片手に持っていた本を持ち直している。その姿が滑稽で、おかしくて、は薄く笑った。
励ましてくれているのはまるわかりで、彼の耳は褐色にも関わらず薄く赤くなっている。


「ありがとう、スフィントス」
「……大体男に対してキャラ作るとかどういう性格してんだ、お前は」
「なっ、なんでお礼言ったのになじられなきゃいけないのよ」

直ぐに噛み付いてきたに、気付かれないようにスフィントスはぎりりと歯を噛んだ。
この女が誰かを好きになれば、自分が失恋をする。そうして、彼女が失恋をするたびに、彼もまた失恋を繰り返す。そんな関係など、彼は御免であったし、に振り回されるなど彼の矜持が許してはくれない。

「あのなあ、このバカ」
「ば、ばかって」
「もっと近くにいるだろーが、このバカ!」
「近く……アラジンってこと?」

お前ってほんっとバカ!
コミカルにずっこけた後に振り返った彼が、怒り気味に言うものだからは困って、笑って、涙を引っ込ませた。
ありのままでいい。そのままがいい。そのままのお前が好きだ。
彼はそんなことは一度だって言わないし、これからだって余程のことが無い限り言わないだろう。いつになったら言うのかとティトスは彼ら二人を見ながら思うのだが――……アラジンが同じようににこにこと笑っているので、今後の二人を矢張り見守り続けようという結論に至った。
おせっかいな友人たちに挟まれながら、彼らの紆余曲折かつ環状になってぐるぐるまわる恋路は今日もまだ、続いていく。

■相互先のそよさんに、日頃の感謝を込めて