「シャルルカン」
「なんだ、か」

さらさらと流れる銀髪を見かけてはその脚を急いで向けた。次いでに呼び止めると彼女の声に応じて彼は足を止め、柔らかい表情を浮かべている。
先程鐘が鳴ったばかりにも関わらず、彼の傍には剣を持った人間も多くの部下も、弟子の姿もなかった。は一方で同僚らしき同じ官服をきた男二人と並んで歩いていたし、彼らはシャルルカンの姿を見かけると拳と掌をあわせ、簡単な一礼をしていた。
付き合いの深さのようなものだろうは特別何かをするわけでもなく、しれっとした態度でシャルルカンに声をかけるものだから「」と男二人が彼女をじと目で見ているのをシャルルカンは確認できたし、直ぐにの苦笑いのようなものも見える。

「お前ら、外行ってきた帰りか?」
「はい、物流の確認に」
「ご苦労なこって。ジャーファルさんに報告してこい」
「はい」

失礼します。
頭を下げた二人に併せるように、も一礼して彼らと共に歩き出そうとした。
というか、実際に歩き出したので、それをさせないよう彼女の官服の襟部分を思い切り引っ張ると、は勢い良く転倒したのである。ぎょっとしたのは同僚2名だ。に振り返り大丈夫かと駆け寄ってくる。
何だかんだいいつつ彼女と彼らの関係はそこそこに良好のようだ。目で追いかけながら、同僚たちはに怪我はないかと覗きこんできているので、シャルルカンは小さくへえ、と呟いた。

「ごめんなさい、ちょっと一応薬貰ってくるから、先にジャーファルさんに報告いってて。報告書自体は私が作るから」
「ああ、分かった、報告終わったら俺ら上がるな?」
「お疲れ様」
「お疲れ様、。また月曜日に。お大事にね」

彼らが去っていくのを確認した後に、は両膝をついた状態からゆっくりと起きだす。手を差し出せば、シャルルカン、と彼女はやんわりと笑ったが――そのまま、彼の手を掴み、引っ張った。いくら女人の力といっても油断をしていれば意味がない。彼は彼女の思惑通り地べたに口付けをしそうになりぎりぎりで踏みとどまったのである。

「て、めえ」
「そっちが先に引っ張ったんじゃない。痛い、痛い、あー痛い」
「悪かったっての、まさかそんな簡単に吹っ飛ぶと思わなかったんだよ」

先程とはえらい違いだ。彼女は文句を言いながらシャルルカンを笑いながらも睨んだ。
さっさと立ち上がり、再びに手を差し出すと今度は彼女も素直に手を受け取り、立ち上がるのを手伝ってもらう。
埃を払えばシャルルカンに怪我はないかと裾のあたりに目をやられるので2,3回ジャンプをしてみる。痛みはまだあったが、大方擦り傷あたりなので何てことはないことを伝えれば随分と安堵した顔があった。怪我をさせたという負い目もあったのだろう。

「シャルルカンはなにしてたの?」
「業務時間が終わったからな、飯屋探してるとこ」
「残業は?」
「何で俺がそんなことしなきゃいけねーんだよ」

いたって正論であり、定時で帰れるものであればだって帰りたい。そうはいかないから残っているのだが、シャルルカンは気に留めないのか「仕事バカじゃねーし、俺」と付け加えている。飄々としているところは王を真似ているのか、それとも地でいっているのかには分からなかった。彼が随分王に影響を受けているのは知っているが、性格まで何も似せることはなかったのに。そう思わずにはいられない。
彼は真顔で言葉を紡いでいく。

「定時で終わって後は遊ぶ、これが普通だろ」

流石に正論ではあっても、聞けばアリババとの修行のさなかだったがさっさと切り上げてきたという。彼女は心中でアリババに心底同情した。彼のマイペースに振り回されることに流石にも慣れているが、アリババはそうではない。しかも、彼は師事している対象なのだから尚厄介である。
アモンの剣を振りかざして特訓をしながら、汗を垂らし教えをこいているのにさっさと切り上げられては肩透かしもいいところだろう。そんなの内心を見抜いているのか、シャルルカンは「あ?」とあまり品のいいものではない返事を起こす。慌てて首を振っておいて話を打ち切った。

「つかお前こそこれから報告書か?」
「そう」
「はー、よく働くな」

がよく働いていることはシャルルカンだって知っている。自慢の部下であることをジャーファルは時折語るし、少年期、少女期を共にした友人もしくは仲間もしくは同僚としては頭角を表している方だろう。といってもは八人将ではないし、やっていることは確実に違う。
けれど、シャルルカンは客観的に見て彼女の仕事における態度は評価に値すると思っている。些か勤務体系においては難ありなのではないかと思うが、そこはジャーファルが何とか体制を整えているのであろうことで、彼が口をだすことでもない。故に彼は何も言わない。

「見習ってもいいのよ」
「うるせ」
「それで、ご飯食べに行くんでしょ?行かないの?」

まっすぐ王宮の廊下の中でも出口に一番近い道を指さしながらは首を傾げる。
彼は妙に言いよどみながら、ああ、だのうん、だの曖昧な生返事を返すので、思わず顔を渋めた。

「何、行かないの?」

「何?」
「お前も来い」
「仕事残ってるのでむーり」

さっきの会話で彼女は「報告書は私が書く」と宣言をしている手前、既に彼女の頭の中は報告するべき箇所をまとめることに傾いていた。
その状況を放置していけるほどは仕事に対して不まじめというわけでもなく、シャルルカンをジト目で見上げ、「ヤムライハでも誘いなよ」と彼と大体喧嘩をしながらも認め合っている八人将の名前をあげた。だが、それが逆にシャルルカンの癇に障ったのだろう。彼は露骨に顔を渋めて「バカ」と彼女の額を小突く。

「あいつと並んだら喧嘩しかならねーだろ」
「意外とサシで飲めば違うかもよ」
「アイツが乗るわけねえだろそんなの」

良くも悪くもヤムライハは真面目だ。今頃黒秤塔で魔導研究に明け暮れているだろうし、鼻息荒く恍惚とした表情で魔法を研究する姿は見ていて恐怖感すら覚える。
……最も、それがヤムライハであり、色恋沙汰になるとてんで疎くなったり、気に入った男相手に魔導の話ばかりする変癖さえも持っている。それを指摘すればシャルルカンもまた、己の黒歴史を振り返り頭を抱える始末なので、言葉にせず飲み込んだ。
良くも悪くも、お互いに似たもの同士なので、ヤムライハが彼とのさしの飲みに付き合うのかどうなのか考えると些か難しかった。

「じゃあマスルール君でいいじゃない」
「あーもー良いから!さしで飲むの付き合え」
「だからジャーファルさんが殺気だってるんだってば」
「うっせ」

言うやいなや、の身体は宙に浮いた。
何事かと目を白黒させる一方で、物を運ぶように片腕で持ち上げられ、腰辺りを抱き寄せられる。視界が広がったことに狼狽し、言葉を失ったとは逆に楽しそうに笑うシャルルカン。まるで対照的な二人だ。

「いいから付き合えっての。俺はお前と飲みてーの!」
「ちょっと、報告書!」
「じゃあこのまんまジャーファルさんとこ行って朝早めに来てやりますって言ってやるよ」
「ちょっと、ちょっと!」
「つーかお前重たい。腰のラインが甘い。もっと体型よくしねえとモテね・・いってえなおい!」

なんて空気を読まない男なのだろう!
憤慨しながら暴れるも、男女の力の差なんて歴然で、シャルルカンはまるで無視をしてくる。は渋々――というか、これ以上騒いで何事かと大衆の目に晒されることを恐れたので口をつぐんだ。
結果、ジャーファルの前に実際に突き出され、シャルルカンの横暴極まりない発言に頭を悩まされ、ジャーファルの殺気にあてられ、頭を下げるしか無い。幸いなのはジャーファルが笑顔で「のせいではないので貴女は気にせずちゃんと報告書をだしてくれればいいです」と言ったことだろう。そしてシャルルカンにしっかりと釘をさしてくれたことだろう。
ぶどう酒を目の前にしながら、は本日何度目か分からぬ溜息をついて、向かい側に座っているシャルルカンに「ばぁか」とぼやいた。


「うっせぇよ、飲みたかったんだから文句言うな」
「お店いけばいいじゃないのよ……」
「お前と飲みたかったんだって言ってんだろ、察しろよ」

いいから盃持て。無理矢理に持たされる盃と、次にエメラルドのような翡翠色の瞳がぶつかって、盃がぶつかりあう。
仕方なしに飲めば、新しくはいったばかりの酒なのだろう。口内に広がる葡萄酒にくらくらとしながらもすっきりとした味わいに、小さな息をつく。その姿に満足をしたのかシャルルカンは目を細めて笑った。
あ、かっこいい。そんな風に思ったのは、の中でのヒミツだ。
淡い思いがあるとか、ないとか、そんなことは察さなくて良い。自分とシャルルカンの関係は今も昔もそしてこれからも、バカを言ったり、言わなかったり、下らないことをしながら仕事をしていく関係なのだろう。どこかそんなぬるま湯をは求めていて、シャルルカンも求めているのだと認識している。そしてそれは大方間違ってはいないのだという確信がある。

「シャル、しゃるる」
「あー?」
「月曜、手伝いなさいよ、仕事」
「あーはいはい、わーってるよ」

そして、何だかんだと言いながらも付き合ってくれるこの男が、はとても好きなのだ。
返事をしたシャルルカンにふふ、とは笑う。
その笑顔にシャルルカンは頬杖をつきながら「生意気」と鼻をつまんでカラカラと笑った。

そうして、二人だけの飲み会はまだまだ続いていく――。


2012.10.31