
とある一日だ。にとっては特別何かが代わるわけでもない、なんてことのない平和的すぎる一日。
こんなに退屈でいいのだろうかと思うくらいに退屈で、最近話題になっていることを同僚と話していても、仕事に勤しんでいても最終的に行き着くところは「退屈」で「仕事も手に負えない」という状況だ。
さく、さくと草むらを踏みしめながらは散策を続ける。たくさんの書簡を煩忙そうに持ち運んで居る文官達を横目に予想以上に退屈……基、暇を持て余しているはそのどうにも気まずい気持ちを溜息に代弁しながらそっと彼らの目につかないところへ歩く。
どのくらい歩いていただろう、くにゃりと何かを踏みつける感触が襲った。次いで、きゃあ、という悲鳴。
恐る恐る視線を落とすと、そこには顔を真っ青に変えたこの国にやってきて暫く経つ異国の姫君の姿があった。
「ちょっと! なんてことをするの!」
「あ、す、すみません、姫!」
慌てて頭を下げると、彼女は目尻に涙を浮かべながら「折角花輪を編んでいたのに」と直言をし、控えめにその真っ白な手で花輪を持ち上げた。確かに彼女の言うとおり、花輪は七割ほど出来ている。綺麗、というには些かまだいびつではあったが、からすればそういった類のものに疎く、彼女の手をじいと見つめることが限界だ。
「貴方、もう少し気を配れるようにしないとモテないわよ!」
「申し訳ございません、ええと、お詫びに何かできればと思うのですが」
「もう!」
黙々と彼女はを無視して花輪を花冠に変えていく。
白、時に紅色が差し色として入る花冠は色鮮やかで、最初は一段だったものがくるくると二段、三段に変わっていった。
「ははあ……器用ですね」
「えっ」
「えっ」
「……あなた、まだいたの!」
「はあ、すいません」
率直すぎる意見を言ったことか、はたまた存在感を消していたことか、どちらとも取れない驚きを彼女――彼の国の第八皇女はその大きな瞳を丸くして見据えてくる。外交はあまり得意ではないのだろう、どこか少女の面影をもつ彼女に、思わずは顔を綻ばせた。
彼女からはほんのりとこの国のものではない香の匂いがした。それは彼女の化粧からなのか、手入れをしている肌からなのかは分からないが、はその香りも嫌いではない。
「……あなた、こういうの、出来ないの?」
「お恥ずかしながら」
「……そう」
「姫様は、お上手ですね」
いびつな形ではあったが、それは確かに誰がどうみても花冠であったし、色の使い方はこの国のものとは違う、けれど品のある使いこなしだ。
いつまでも立って見ていたに、彼女――練紅玉は顔を背けながら座りなさいよ、と言う。立場の違う皇女の発言に戸惑いながら、おとなしくは失礼しますと言いつつも腰掛けた。
草の心地が靴越しに、布越しに伝わってくる。
彼女は「こんなの、簡単よ」と言いながら幾つか綺麗な花を見繕って彼の前に置いた。
「教えてあげるわ、ほら」
「え」
「何、不満だとでも言うの」
「や、その、お恥ずかしながら、あげる相手がいないもので」
知らずして頬を染め上げるに、紅玉は驚いた。多くの、色々な男たちと関わってきた彼女にとって彼は随分と外見と比べて幼くも見えたし、何より初々しささえ残っている。
あの人と随分と違う。
この国の主を思い出しながら、紅玉はに花を一本渡した。
「それなら尚更、出来るようになっていつでも渡せるようになればいいじゃない」
「はっ、なるほど!」
頗る単純だ。目を見開いたに、紅玉はころころと幼い少女のような笑を浮かべた。
「あなた、お名前は?」
「あ、はい。です。師事している先生が此方の食客として教鞭を執るってまして、そのお手伝いをさせていただいております」
「そう、。あなた、随分な正直者ね!」
絶対外交には向かない人だわ。
ころころと笑った彼女に、申し訳なさそうに肩をすくめつつも――彼女もまた、別の誰かに教わりながら今作っているという花冠の簡単なところをに教えはじめた。
編みこみも一番簡単なタイプを、彼は四苦八苦しながら作っていく。時に紅玉はと当たり障りない日常的な会話を交わす。品のいい位の高い姫相手に何故こんな会話をしているのか、頭が時にクラクラとしたが、は学者肌の人間たちと関わっていたせいかのらくらとしながら自分の意見も時折落とす。
「は何を学んでいるの?」
「そうですねえ、専門は地理とかでしょうか。迷宮の地図とかも作ってみたいものですが、いかんせん武闘には自信がないので」
自分で地図を作るのとか、好きです。
僅かに笑ったは冠を半分持ち上げて自分の頭にちょっとだけ載せた。
「似合わないわねえ」
「ぐ……やっぱりですか」
「そういうのは、女人に上げるべきなの。あなた女の子と付き合ったことないか、フラれてるでしょ」
「ぐ……」
女心分からない男の子はモテないわよ。
彼女の言葉は思いの外氷の刃のようにの腹部あたりに突き刺さった。予想外に心にきて、思わずがっくり彼は元々着いていた膝を地面にめり込ませて、肩を落とす。あまりの落胆に驚いたのは発言者たる紅玉で、あわあわとしながら「その、これから良くなっていけばいいじゃない」だの「あなた、顔はそれなりにいいんだからきっとモテるわよ」と励ましなのか何なのか反応に少しばかり困る発言を残す。
「その、ほら、女心なら教えてあげるわよ! と、ともだちになってあげても、いいんだからね!」
「……俺と紅玉様が?」
「何よ!」
「いえその、立場的なものとか」
「うるさいわね!女の子に誘われたら断っちゃダメよ心象悪くなるわよ!それに、私はあなたの先生なのよ、先生の言うことは」
「“イエス、マスター”」
反射的に出た言葉に、染み付いた習慣の恐ろしさをヒシヒシ感じは顔を覆った。
彼の発言に満足したのか、紅玉は彼の不器用極まりない(といっても彼女の処女作も決して人前に見せられるものではないが)花冠をあれやこれやと文句をつけ、やり直させていく。
穏やかなひだまりの中で、ふたり。
草木と同じように、彼女の性格を表すようなまっすぐの髪の毛はさらさらと時折吹く柔らかい風に揺れる。そんな彼らの微笑ましいやり取りを某国の某側近が見ていたとか、いなかったとか、真相は闇の中。
尚、の花冠は彼の日頃の感謝の証として師事している学者(72)に献上され、彼は随分上機嫌になり、講義の際にその花冠をしたせいなのか、一気に話題になり、それを耳にした紅玉が彼に女心をもっとちゃんと学べと叱責するのは後日談である。
20121028
ハルカナタ「陽だまりの中にいるふたり」