
シャルルカンがいつもヤムライハと下らない言い争いをしているのを見ながら、はほんの少しだけいつもため息をつく。ジャーファルはそんなを見て、いつも少しだけ優しくしてくれる。それがどうしようもなくにとっては泣きたくなるようなつらい現実を受け入れきれない子供である自分に気付かされる。
彼らの関係を羨ましいと思う一方で、は衣をほんの少し整えて道筋を歩く。女官のすることなどたかが知れており、八人将の彼らに比べたら「誰でもできる」ことだろう。
政務官のジャーファルは「それでもあなたを認めているから置いているのでしょう」と笑っていたが、いかんせんにとってみればシャルルカンとの距離のとり方が把握できずに困惑し続けている。
「何溜息ついてんだぁ、」
「……ああ、シャルルカン」
「お前な、女官のくせに呼び捨てとかやめろよ」
それで怒られてるのお前だろ。
鼻を摘みながら意地悪く笑ったシャルルカンには思わず手を払いのけつつ顔をむくれさせる。いつまでたっても彼はのことを妹扱いするのだから溜まったものではない。付き合いはもうそこそこにはなる。
しかしシャルルカンという存在はにとって見れば超えるべき壁のような、親しみを持ち続けている親友のような、なんともいえぬ関係だ。
「ヤムライハは?」
「ハァ? 知らねえ。つか魔法バカと俺が一緒に居るみてえなこと発想してんじゃねーよ」
「だっていつも一緒じゃない」
「ンなこという口はこれか、あ?」
アリババが見たらこの口の悪い師匠を何というのだろう。頬を引っ張られるのをくぐり抜けながらはじろりと彼を睨んだ。
それにしたってこの幼馴染、些か面倒である。それはヤムライハにも言えることなのだろうけれど。
「お前こそ、ジャーファルさんと一緒じゃねえのかよ」
「? ジャーファルさんなら政務してるから」
「……ってジャーファルさんのこと本当に好きだよな」
「何、トートツに」
別に。薄く笑いながら彼はの額にデコピンをひとつ食らわすと彼女の持っていた書簡の類を片手で拾い上げてしまった。はでちょっと、と背を伸ばすが180cmはある彼の背に勝てるわけもなくああでもなくこうでもなく、文句を言う。
久しぶりに穏やかな空気だった。
お互いに仕事漬けで顔を合わせることも少ないからか、妙にしみじみとした顔でシャルルカンはの顔を覗くとよしよしと頭を撫で回した。
「やめてよ、ちょっと、返して」
「やだね」
「ヤムライハに言いつけてやる」
「あ? なんでそこであのバカが出てくるんだよ」
誰がバカよ。
上から降ってきた声に思わずとシャルルカンが顔を上げると、そのまま直下で水の玉が落ちてくる。雨の粒、というには大きく、いくつもの形になったボールサイズの水は綺麗にをすり抜け――――シャルルカンの頭に直撃し、はじけた。
幸いにもの荷物は濡れなかったが、彼の頭は大洪水で、色の薄い銀の髪がぴたりと浅黒い肌にくっついて妙に艶かしい。彼の視線の先には海の色をした髪の女が立っている。
「ってぇめぇ、何すんだこのバカ女!」
「ヤムライハ、休憩?」
「ええ、そうよ久しぶり」
「無視すんな魔法バカ!」
うるさいわよハゲ。んだとこのアマ。
ぎゃあぎゃあと騒がしい2人に、は思わず目を細めた。
また始まったというべきか、そんな彼らの日常が愛しいというべきか。騒ぎを聞きつけたジャーファルが止めようとしても無視されて溜息をついているので、肩を叩くと二人でその流れを静観し続ける。これもまた日常だ。
「シャルルカンも素直じゃないですねえ。ねえ、ジャーファルさん」
「ええ」
はシャルルカンのことが好きだ。ヤムライハが好きだ。この二人との関係が好きだ。
故にシャルルカンがヤムライハのことをどう思っていようが、ヤムライハが彼のことをどう思っていようが、割りと関係ない。
真顔でジャーファルにそう言ったのは数日前のことで、それを聞いたジャーファルが「あなたそれでいいんですか」と呆れたような、可笑しいような、楽しそうな笑いを見せたので、ええそれで、とにこやかに笑い返してやった。
「貪欲なんです、私。友達の幸せ祝うより保身に走るというか」
「ええ、実にあなたらしいですよ、」
「褒めてます?」
「それはもう」
にこやかに笑顔を作るジャーファルに釣られたようにもまた、笑った。
近くで彼らの騒ぎ声が聞こえる。
……とある日常が、どこまでも愛しくて、はころころと矢張り笑った。
20121012