Brown Sugar

とてつもなく大きな壁にお互いが立ち向かっていることを漸く、は理解した。腰に下げた警棒は殆ど使われることがなかったし、警察だからといって周りに慕われたところで、結局のところ街中で渦巻いていることに警察が首を突っ込むことはほとんどといっていいほど出来ない。
彼女ができるのはこの街を愛することと、嘆くことと、目の前の【悪】を排除することだ。だが、その【悪】が何か、という問いに彼女はいつも答えられない。先日ようやくギャングチームパッショーネのボスとご対面したのだが、それもまた、正しかったのかどうかは分からない。
なぜなら彼のことをは知っていたからだ。流石にボスであることは把握してなかったし、変わり者のはみ出し者、という程度の認識であったものはすべて覆されてしまっているのだが。
思えば、ブローノ・ブチャラティもナランチャ・ギルガも、レオーネ・アバッキオも、変わり者であったことに変わりないし、実際彼女が今でも関わりを持っているパンナコッタ・フーゴやグイード・ミスタも変な人間だ。

だから、彼女が必然とジョルノ・ジョバァーナを「ブローノ・ブチャラティの友人」と認識したのも道理といえば道理である。
……知らなかったのだから、仕方がない。
これが彼女の主張だ。

聞けば、いろいろなことがあっていろいろの紆余曲折を経て、さまざまな犠牲を払いながら結局彼はボスとしてそこに座っているのだとか。……あいにくとそのいろいろ、はわからないままだったが。
少なからずには「以前からそのボス」であったとは微塵も思っていない。

の上司は噂で聞くパッショーネのボスというのは随分と若いと言っていたのでジョルノ・ジョバァーナであると信じきっている。別段それを違いますよと口にするのも馬鹿げていたから彼女は口を噤むばかりだが……その、前のボス「ディアボロ」がどんな人間であったのか、そもそも人間であったのかどうかすら分からない。
彼が、トリッシュとの一件がどうだったのかは知らないし、ブチャラティたちは彼女を守って死んでいったというのも何となく、考えた彼女なりの結論はついている。
これは、彼女が得体のしれない『生き物』。…………実際には生き物ではないのかもしれない『スタンド』というものを使えるからなのかもしれないが、彼女には何となく、察しがついている。
ただ、それにおいて確証がない。
ゆえに、こうして彼を態々呼び出して、わざわざパトカーの中に引き入れたのである。
…………恐らく、この顔の良いギャングのボスはそんな浅はかな彼女の考えなどとっくに見抜いているのだろうが。

そもそも、にとってブローノ・ブチャラティやナランチャ・ギルガやレオーネ・アバッキオは茶飲み友達で情報提供者みたいなものだったが、相手からみたらどうったのだろう、と今になってぼんやりと思う。

「随分といまさらなことばかり考えるんですね」
「いまさら?」
「ええ、今更でしょう。僕は無駄なことは嫌いなのでそういったことはできませんが」

くるくると持っていたボールペンを回して微笑うジョルノには視線を逸らした。パトカーの中にいるというのに、彼は随分と優雅な座りをしている。パトカーの中は一応署内と同じ扱いであるというのに、彼は全く気にしていないらしい。
それどころか好きな文学はレミゼラブルであることを述べた上でミュージカルがもうすぐやるのだという情報提供までしている。
警官というのは一人で行動することを基本的に良しとしない。だが、パトカーの中にはとジョルノだけだ。

「なにか、うちの上になんかしたでしょ」
「いいえ、なにも?」

優雅に微笑う姿に、はやれやれとばかりに両肩を落とした。知らないわけがない。彼女の管轄内で、直属の上司があえて目を伏せているのだから。

「あなたのところのナンバー2、相当のキレ者って噂だけど」
「ああ、ポルナレフさんですか。ええ、彼はとても助けてくれますよ。今度君にも紹介しましょう」
「…………それはどーも」

そもそもの話、ブラウンシュガーをばらまいていたのはパッショーネである。と、いうのがの見解である。ドラッグに関してあまりいい思い入れはない。友人の彼氏が足を踏み入れ結果体はボロボロ、精神崩壊にまでいったのだという話も聞いた。…………決して、遠い世界ではなかった。

「僕はパッショーネのパーパではありますが、麻薬に対しては先代の愚行を恥、止めたいと思っていますよ」
「…………その言い草だと、“前のボスがいた”ということを肯定する形になると思うんだけど?」
「君はとっくに知っていてその尋問をするんですか?僕は無駄なことは嫌いだ。この問答だって無駄じゃないか」
「……私が上に報告したら要注意人物としてのマークが強くなるんじゃないの?」

背もたれによりかかれば、ジョルノ・ジョバァーナは楽しそうに笑ったのが気配でわかった。
品のいい笑い方ではあるが、食えない性格なのがよく分かる笑い方でもあった。札付きのギャングチーム、パッショーネのボス。トップに君臨するパーパといわなければわからないほど小憎たらしい姿に、はため息をつく。彼はよくわからない人だ。

は、僕のことを心配しているんですか?」
「……はい?」
「ただ、は怒っている顔よりもいつもののんびり笑っている顔のほうがよくお似合いですよ」

彼の言葉はいつだって唐突だ。は声すら出せないほど呆気にとられ、それでは、僕はこれでと笑って扉を開けたジョルノ・ジョバァーナを追いかけるのにワンテンポ遅れたのである。これを彼女の亡き先輩にあたるレオーネ・アバッキオあたりが見たらため息か「馬鹿か」と罵りの言葉のひとつくらいやっただろう。

「ちょ、ちょっと、ジョルノ・ジョバァーナ!」
「僕は君が賢い、『覚悟』を持ってやっている人だと知っている。…………アリーヴェ・デルチ、。また、いつもの店で」
「話は終わってないでしょう!」

にっこりと、ジョルノ・ジョバァーナは笑った。先ほどの食えない笑いではない。…………15歳の少年そのものの笑い方だ。
毒気を抜かれたというか、はふただびため息をつく。
…………やれやれだ。


「ブラウンシュガーは行方知れず、かあ」

まぁ、調べますけどね。誰に言うわけでもぼやきながら、パトカーの窓をあけては車を発進させる。
…………通りすぎた車を見送って、ほんの少しだけジョルノ・ジョバァーナは口端を緩めて笑った。

Brown Sugar:Rolling Stonesの曲名から。スティッキー・フィンガーズに収録。ドラッグの俗語。