守様今日は良いお天気ですね。
いつものように柔らかく笑ったに守は少しばかり顔を顰めた。宮ノ杜家の庭に置かれた茶室は目下次男である勇か、はたまた玄一郎が主に使用している。そこに宮ノ杜守が使うことになったのは先日の茶の一件からのことで、本条院家の末端にいるが彼の講師に当てられたのは大凡彼と付き合える人間が少なかったのもある。最初は驚いていたものだが、次第に慣れてきたのか彼女は茶の教室を彼のために開いて、彼のためにやってくる。

「小説の執筆具合はいかがです?」
「…草案ならば出来ている」
「そうですか」

出来上がるの楽しみですね。にこやかには笑う。毒気の抜かれる笑い方に思いがけず守は何度も何度も瞬きをした後に咳払いを一つしてやった。
彼女が本日持ってきた茶請けの虎屋の羊羹は彼の好物の一つでもある。和菓子らしい和菓子を選ばなくていいのか、と尋ねたが、は首を傾げるばかりだ。

「守様は羊羹がお好きですから」
「……ム」

いつものように茶を淹れ、回し、へと出す。
一連の動きを見た上で、が再び淹れなおして見せる。の動きに無駄はなく姿勢も良い。茶を受け取り、飲む。その流れは本条院のものであると言われたが、不思議なほどに不快感はなかった。以前であれば宮ノ杜の単語がつく度に言いようのない不快感を覚えていたものだ。だが、不思議とと話している間は薄らいでいる。いい傾向なのか悪い傾向なのかはいまいち判断が付きづらく、彼はいつもより顔を渋め、口元に手を当て考えるばかりだ。

「そういえば、先日勇様から進捗状況を聞かれました」
「何、本条院はそのようなこともせねばならんのか?」
「いえ、おそらくは勇様は守様のことをお気になさってるのでしょう」

思わず、竹串を落としかけた。の言葉が理解できた時守は思わず顔を顰めた。冗談にしてもまるで可笑しくない。勇といえば何かにつけて守とは斬り合いをしている仲だ。馬鹿馬鹿しいとしか言い様がない。正座の脚をあぐらに変えてくだらない、と言い返し、の淹れた茶をすする。抹茶のそれは苦く広がる。

「京都には帰らんのか?」
「私は末端ですから」
「フム、面倒なものだな」

稼ぎに出るわけでもなく、奉公に出るわけでもなく、嫁の貰い手を待ち続ける。の行動を通して見える本条院……基「金持ち」の発想はどうにも守には理解できない。
は苦笑しながら彼に倣うように茶をすする。教室、というよりも茶話会に等しいものである。聞けば、本条院でも跡継ぎに関しての問題が浮上しているのだという。

「次男と結婚すれば家の反映になるのではないか?」
「勇様は宮ノ杜に籍が御座いますから」

何より、分家の私とでは釣合いません。あっさりと言い放ったの発言に守は曖昧に返事を返し、羊羹を再び口に放り込む。それに倣うように彼女は茶をすする。

「……なら、俺が娶ってやろうか」
「守様が?」

あらまぁ、それは嬉しいですけどね。
彼女は突然の申し入れにも特別驚くこと無く、守に返事を返す。こういう時、守の返す言葉はいつも同じだ。

「冗談だ」
「それは残念」
「……よ、貴様最初の頃は随分と萎縮していたのに慄かなくなったのだな」
「守様は守様ですからねえ」

どういう意味だと視線で訴えてくるので、は笑いながら応える。甘味が意外と好きで、お茶が苦手で、宮ノ杜の方。そこまで言うと彼は眉間にシワを寄せて、ほうと小さなため息をこぼした。
顔に紅葉を散らしていたとは思えないほどの慣れ具合に些か面白みは欠けるが、もそれだけ守になれたということだ。

「……ふん」
「守様、食べ終わりましたらもう一度頭からですよ」
「なんだと……」
「冗談です」

いつも守がいうことを真似して言う。の視線に、守は何度かまたたきをすると、ほんの少しだけ苦々しく笑った。
こうして、素直じゃない彼らの日常は過ぎていく。そんな日々の中で、とある日勇が「貴様は講師としての自覚を持たんか」と何やかんやいいつつ手を焼きにくるのは数日後のことである。