洗濯日和につき、

「雪村」

 大丈夫か、とちょっと屈んで彼女に問いかければ、大量の布団がけを桶の中に突っ込んでいる姿を見られたことへの恥ずかしさから彼女は「あ、ええと」と曖昧な言葉をかける。

「手伝おうか、洗濯物」
「い、いえ、大丈夫です!」
「否、どう見ても多いだろう、それ」

 松本先生が風呂を作ってくれたはいいもののここは男所帯だからなあ。千鶴の横には屈むと真っ白な布団がけに井戸水を突っ込んだ。じんわりと浸透していく水に次いで「洗濯板どこだ」とはてきぱきと動きを進める。裾をまくり上げた後手でこすりあわせて着々と洗い物をしていく。
 雪村千鶴は困惑したようにを見ていたが思い出したように「さん」と止めようとするが、彼はにこやかに笑っていいからいいからと受け流してしまう。

「しかし、これは私の仕事ですし」
「うちは母が早く死んでな」

 姉は嫁に行く前に父親に売り飛ばされちまったし、女がうちには居なかったから、結論的に俺がやってた。
 思い出をぽつり、と語った後に、洗濯板に着々と洗い物を続けていく。

「やっと見つけたんだが、姉は祇園で太夫をやっててな」
「えっ」

 太夫にまで上り詰めた姉を眩しそうに語るに千鶴は声をあげた。祇園の太夫といえば、それ相応に立場も力もある人間にまでのし上がったということだ。

「で、まぁ俺はいつか姉が身請けされるのを見送ることしか出来んのだ」
「……そうでしたか」

 無駄話だった、すまん。
 彼はすぐに小さく笑うと、布団を水切り別の場所に置き次のものを着々と続けていく。千鶴は彼の赤くなった手を見ながら考える。

「なぜ、さんは新選組に入られたんですか?」
「……そうだなあ」

 俺は末の、いわば味噌っかすのようなものであったからな、と彼は言う。俺は姉や兄たちを追いかけることしか出来ないし家のことばかりやらされてた女々しい育ち方をしている。
 千鶴は彼の物憂げな瞳の奥に映る真っ白な敷布団の布が反射しているにもかかわらず、彼の瞳に光が見えぬことを悲しいと想った。なぜ、と聞き返せば分からないが――。
 そんなことはない、と言いたかったがは否定も肯定もされたいわけでもないのだろう。思い出をつらつらと語った。

「お姉さまは、今は」
「うーん、男と朝寝じゃあないだろうか」

 三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい。
 朗々と語った言葉に千鶴は「え」と小さく声を漏らした。それは、その一句は。

「なになに、君ってばいつから尊王攘夷派になっちゃってるの」

 まさか、とからりと笑うに縁側を通りすぎようとした沖田はふうんと小さく唸る。沖田の新選組に対する、というよりも近藤に対する忠誠心はおそらくは隊の中でも屈指であり、そんな彼を前に飄々とは苦笑し今の顛末を説明した。
 みるみるうちに沖田が冷めた表情になり「そう」と小さくつぶやく。

「沖田組長にも姉君がいらっしゃるとか」
君、よく知ってるね」

 近藤局長が酒の席で少し話していましたから。
 沖田の表情を気に留めるわけでもなく受け流す。ゆったりと洗濯物を干す作業を行うの行いに雪村千鶴はハラハラと何度も彼ら二人を見比べている。

「まぁ、介錯人にでもなれば貰った金で身請けできるんじゃあない?」
「それもそうですね」
「……くんさぁ、ここで洗濯物干してて良いわけ?さっきの話し、土方さんにしたら攘夷派と思われるかもよ?」
「あー」

 それもそうですが、まぁ、高杉の顔すら知らん以上はどうしようもないですな。雪村に視線を送り、それに気づいた千鶴が顔を上げる。彼らはへらり、と気の抜けた笑顔で笑いあった。毒気の抜ける表情に呆れたように沖田は溜息をつくと彼らの洗濯物に一瞥くれてやり―――そして、思い切り千鶴を押して倒した。ばしゃん、と鈍い音がすると桶の中にいっぱいになっていた水は溢れ出し外へ飛び出した。

「お、おお、おきたさん!」
「あはは、ドン臭いなあ、大丈夫?」

 ごめんねえ、全く悪びれない言い方から一目散にいなくなった沖田を千鶴とは見送り―――そして、ほぼ同様の頃合いにため息をついた。


「大丈夫か、雪村」
「は、はあ……」
「あんまり手間がかかると市村あたりにぼやかれそうだな」

先輩小姓の雪村!と叱る声が頭の中で再生されたか、千鶴はああと悲観的に顔を青くする。そんな千鶴を他所には少しばかり楽しそうだ。

「ほら、着替えてこい。水も滴る良い男、なんて言われて風邪を引きたいのか?」
「い、いえ!」

では、駆け足。手を叩くに合わせ千鶴は走り去った。真っ赤な紐がゆらゆらと揺れる様が目の端に見える。

「やれやれ」

彼のちょっとしたお節介は、どうやら本格的な手伝いになりそうだ。
 は洗濯物の山を見ながら、竿竹に干された白い掛け布団に目を細める。いい天気だ。きっと洗濯物もよく乾くだろう。後で刀の手入れをしよう。
 そんなことを考えながらは大きな伸びを1つ、した。


2013.10.12