八番隊算盤隊士ノ平穏

「魁先生!お待ちください、ま、待っ……、は、速い……!」

 自分、は誠の御旗のもと、新選組に入隊した。
 事情はそれなりにあったのだが、一番の要因としては加賀の武家に養子に出された一番下の剣術のたつ弟が推薦したのが大きい。
 出身は、と聞かれて越後だと答えれば「加賀藩ではないのか」と随分と驚かれるのだが、出身はあくまでも越後なのだ。田舎?やかましい。
 江戸出身者だの京出身者だのが多い新選組に於いて、自分の立ち位置が田舎者であることなど百も承知のうえだ。

 ちなみに、剣道に関しての覚えはと聞かれ、あいにくと算術ぐらいしか、と言った所、副長に頭を抱えられたもので、副長曰く一番下の剣術の腕がたつ弟が志願してきたのだと思ったらしい。だが、弟は最終的に地位は武家であり、商家で相変わらず算盤を叩いている自分とは全く違う人生を歩んでいるものだ。
 そうして、自分、に任されたのは新選組の勘定方である。

 基本的な仕事は河合耆三郎殿が行うので、自分がすることは大抵その小間使いに近いものだ。
 故に自分のこなすことといえば、簡単なそろばん術と……形式上、どこかの組に所属せねばならないのでということで比較的自由のきく、かつそう変わらぬ年齢である「魁先生」こと藤堂平助殿が率いている八番組に要望を出したら、まかり通ったのだ。こうして、自分は新選組の一員となった。
 同郷というわけではない。そして藤堂組長、否、個人的には「魁先生」のほうがしっくりくる。魁先生は随分代わった御人だ。

 だが、八番組に入ったのはいいのだが、彼は忙しなくあちらこちらに飛び出して行ってしまう。
 一番槍を誰かと競い合ってるのかと聞かずにはいられない猪突猛進具合だ。特に戦場においては彼は誰よりも早く突っ込んでいってしまう。誰が言い出したのか分からぬ「魁先生」という言葉は実に彼を表すに適した言葉である…と妙に感心してしまった。

 腕のたつ剣士でもあるので早々やられはしないのだろうが、それでいいのだろうか。
 これを河合さんに聞くと算盤を弾く手を止めて「まぁ、彼は元気印だからねえ」と目を細めてまるで息子や弟を見るような目で言うのである。

 河合さんの懐の深さにはまこと尊敬の念を抱かずにはいられない。
 聞けば算盤だけではなく他の学問に関しても実に勉学を続けているのだとか。実に見事な算盤さばきに、いや見事と言わざるを得ない。高砂の出身で、鷹揚な人であり――戦う勘定方とはまさにかの人のことを言うのであろう。
 関心している自分の一方で、隊の者の中では誰が魁先生に次ぐことができるか二番手を水面下で決める動向があった。足の速さはやはり必須だろうと自分は早々に除外されている。
 まぁ、戦えない算盤を弾くことぐらいしか出来ない自分からすればどちらでもいいのだが。

 談合のようなものが興味なく、外に視線を向けていれば土方副長の小姓である雪村くんが掃除をしているのが見えた。
 この雪村君という少年は自分からすれば女子のような風貌だと思うのだが、周りからすれば「おなごはもっと愛嬌がある」だの「雪村は幼すぎる、手を出すのであればもうすこし筋肉のついた17,8の少年がいい」だのと会話が飛び交ってくる。
 不純異性の交際を是としない新選組らしいといえばらしいが、だが自分は「嫁を国において此方に来た」という人間を何人も知っている。その当人たちが少年の背中を…否、尻をか?どちらにしても構わんが、追い掛け回しているのだ。見てて呆れたくもなるだろう。

「雪村君、掃除は大変じゃあないのかい」
さん」

 草履の金具部分をこするようにして歩いて行くと、竹箒で掃いていた手をとめ、雪村くんはお辞儀を一度した。
 晴天の中で、紅葉がよく映える。指先でちょい、ちょいと動かせばあっという間に紅葉は掌に堕ちるので、それをそのまま雪村くんに手渡してやる。彼の赤い紐によく橙色の紅葉ははえるもので、やはり彼は少女のようだ、ともどこかで思う。
 その原因を自分でも考えてみるがやはり名のせいなのだろう、という結論に至った。千鶴といえば、母方の従姉や近所の娘たちにもその名がいた、女のような名前である。どういう意図があり彼の父が名づけたのかは分からないが――やはり、名が女のようだと彼の人も女のように育つのだろう。

「手伝おうか」
「いえ、仕事ですから」
「だが自分としては手持ち無沙汰でね。算盤を弾いている算盤侍などあちらに行っておれと」

 まこと、いやまことに暇だ。嘆いていれば雪村くんは不憫に思ったのだろう、お話をお伺いしますよと自分に向かっていうのだ。その言葉に頬が緩む。犬だの猫だのをよしよしと愛でるときと同じような感覚だろう。彼の仕事はここが終われば床掃除らしいので、塵取りを手に取りしゃがみこんだ。

さん?!」
「何もしないというのは、真面目にやっている君に失礼じゃあないか。邪魔はしないから手伝わせておくれ」
「で、ですが……」

ううむ、彼もなかなか手強い。だが、することがないのだよと答えると、ならばそこで終わるまで待ってていただけますか、と雪村君は言う。ならば彼の言う通りにと縁に腰掛け、懐に入っていた算盤を取り出す。暇つぶしに今秋の帳簿を思い出して見るのも良い。手始めに脳内で今夏の支出額を思い出してみる。珠を弾く音が心地よく耳にこだまする。
 ぱちん、ぱちん。

さんは、算学がお好きなのですか?」
「まぁ、算盤侍、なんて呼ばれてもおるがゆえ、今に始まったことでもなかろう」
「あはは……」

 雪村君は紅葉をまとめ上げると、くるりと振り返る。
 大きな目だ。黒く、ぱっちりと、睫毛も長い。

さん?」
「ああ、いや。失礼な話だが君が時折少女に見えることがあってね」
「え」

 無礼を承知で申し訳ない、と自分が言うと実に困惑したように雪村くんは視線をそらす。それもそうだろう。女人に間違われるなど言語道断、もし仮に自分がおなごに間違われたら――なんて考えて自身の女装を想像し…そして吐き気がしたのですぐに視線を逸らした。
 それにしてもこの少年、市村君と同様実に土方副長のお気に入りなのである。
 市村鉄之助といえば両長抱である兄、辰之介とよく一緒にいるのを見かけるが土方副長に茶を出して散々がなられていたのを思い出す。
 市村鉄之助の雄々しさと対比するのであれば雪村くんは柔和で、静かだ。どこの出身かは聞けていないが、聞くところによるとそれなりに古参な部類になるらしい。

「失礼な話をした。他意はないのだ。戯言ぐらいに取っておいてもらいたい」
「分かりました」
「さて、君の仕事も終わったことだし、どれ、話は終わったかな」

 ぐるりと後ろを見ると本日非番の八番隊は騒がしく言い合いを矢張りしている。改めてここにいる人間は大方荒くれだの面倒な人間ばかりだ。ああ弟よ、兄はなかなかに激動の日々を送っているぞ。

「おうい、、千鶴!」
「平助くん」
「魁先生」

 そんな折だ。
 韋駄天のごとく颯爽と少年が飛び出してくる。かの人こそが、八番隊の組長である藤堂平助その人だ。自分は一礼すると彼が珍しいものをみるかのように雪村君と自分を見比べて「へえ」と変な声を上げた。

「お前ら、仲よかったんだなぁ」
「ああ――……掃除の手伝いを名乗りでたのですが、袖にされてしまって。魁先生は刀の手入れか何かを?」
「んー、ちょっとした散歩してたとこ。なんだ、暇してたんなら連れてったのに」

 千鶴は仕事中だもんな。ちょっと残念そうに魁先生は言う。
 訂正しよう。雪村くんはどうやら土方副長だけではなく魁先生のお気に入りでもあるようだ。

さん、お気遣い有難う御座います。でも、大丈夫です」
「いや、さっきも言ったが私もすることがないのでね」
「他の隊の連中はどうしてんだ? 全員のみにでも言ってんのか?」
「いえ」

 よもや自分のあとの二番手は誰かを言い合いなんてものをしている、なんて思いもしないのだろう。魁先生の表情に思わず雪村くんと顔を見合わせた。

「あっそうだ、、稽古つけてやるよ」
「えっ」
「お前そろばん侍なのもいいけどさぁ、鍛錬は大事だぜ?」
「はぁ……」
「気のない返事だなあ」

 千鶴からも言ってやってくれよ。視線で促されている雪村くんはどうしたものかと悩むが、そんな彼の返答を待たずして魁先生はああそうか、俺が今から見てやればいいのかと唐突に結論付けてしまった。
 勿論、辞退はさせてもらえないようで。そのまま自分は彼のなすがまま腕をあっさりと掴まれ、ずるずると引きづられていく。見送る雪村くんの表情がなんとも言えないもので、彼にもどうやら「そこまで腕が立つとは思えない」と思われているということがわかった。

「そうだ、今日は三番隊も非番だから一君にもに稽古をつけてもらうか!」
「はい?!」
「そうだそうだ、そうしよう」

 ……素直に辞退を申し出ればよかったと後悔したのは後にも先にもこの日一日だけであり。
 まさかの組長格の二名に指南を受けるはめになり――……そうして彼らはやはりというべきか、とても腕がたつ。そのため「踏み込みが甘い」だの「それでは人は切れねえよ!」だのと散々と言われるはめになり……。
 何だなんだと見に来た八番隊の面々と雪村くんに生暖かい目で見られ。「次の非番の時にはもっとしっかり教えてやるからな」と魁先生に申し出を断る前に、先駆けて言われるはめになったのである。


 拝啓、弟よ。
 矢張りお前が来たほうが良かったのではないだろうか、と昨今思わずにはいられない。