夏の幻

じりじりと暑い夏の日のことだ。
病床に伏せている沖田総司はすることもなく、かといって寝ているわけにも行かず己の身体を引きずって縁側に出た。
その姿を見た途端に彼の側仕え――という名の、土方から派遣された監視は露骨に眉間にシワを寄せた。

「すぐ戻るよ」
「…………あまり顔色が優れていないようです。松本先生をお呼びしましょうか」
「やだなあ、何てことない、夏風邪だよ」

、という少女はいささか心配症だ。それというのも近藤が松本に紹介され連れてきて土方が派遣しているから、沖田に対して厳しくなっているのかもしれない。
沖田からすれば母親のような―――というより姉のような、どことなく姉に似た女だと思った。ちゃん、と呼べば彼女は彼の肩に羽織をかけてくる。
どこから持ってきたの、と聞けば今あなたの部屋から持ってきたんですよ、と苦笑交じりに返ってきた。
いつの間にいなくなったのかは分からないが、目の前に部屋がある手前、きっといつも何処においてあるのかを把握しているのだろう。


「――……ううん、退屈だなあ」
「総司さん、私の話聞いていましたか?」
「松本先生の話でしょ?嫌だね」

卵を食べろ。風呂に入れ。布団は日が出ているのであれば布団干しをすること等。
様々な指摘を思い出し総司は視線を横へやる。はため息1つつく。こういった会話は彼らからすると日常茶飯事であり、よくあることである。が糠味噌をいじっている時にふらりふらりとやってきた総司を叱りつけてからというもの、特にそれが顕著になった。

「退屈なんだ、本当に」
「……それでも外に出ては身体を悪くします」
「じゃあ、君が相手をしてよ」

僕の側仕えだというのなら、僕の相手をしてよ。
楽しそうに総司は言う。が総司のために部屋を掃除し、衣類を他の隊士と比較しても丁寧に洗いあげていたり、布団干しも日が出ていればできるだけ毎日していることも、勿論知っている。今彼が横になっている間も繕い物をしていたり、料理をしていたり―――もはや女中、という言葉が正しい気がした。

「薬をもらいに、後で出ちゃうんでしょ?」
「よくご存知で」
「昨日、土方さんにそう話してたじゃない」
「……昨日も抜けだしてたんですか?」

総司はあれー墓穴だったかなぁと呑気に笑う。だが、彼の口ぶりからすればが彼の発言に難色を示すことをわかった上でやっていることが分かる。

「あまり奔放に動かれると怒られるのは私なので、何卒ご容赦くださいませんか」
「ううん、それは出来かねるかなあ」

彼の会話に引きずられるを見るのを、何よりここ最近することのない総司は楽しみにしている。
それを言葉にしたら平助あたりは呆れるだろう。だが、本心だ。

「それに、君が相手してくれたら多少は体調よくなるんだよね」
「お相手はしますが、体調を第一に考えてほしいものですね」

彼女は、何だかんだといいながら総司のことを心配している。薬のこと、医学のことはいまいち総司には分からないが、この病が治るかどうかに関しては――ある程度知っている。だが、それを見ないふりをするのだ。
咳き込んで、血を吐いて、身体が弱まっていく中で分かる自身の存在価値のちっぽけさ。
それをはわかっているのだろうか。中々近藤には合わせてもらえないが、彼からの手紙は渡されている。余り上手ではないその字に安心もするのだ。

「っ、げほ」
「ああほら、言わんこっちゃあないですか」

呼吸をするのも中々にしんどくなり、総司は胸を抑えると咳き込む。血はまだ出ないが、胸が苦しい。何度も何度もは彼の背を撫ぜた。
少し落ち着くと、総司の目にが見える。彼女は平静を保とうとしているが――女のつよがりであることぐらいは、よくも分かる。
ああ、女の子だなあ。
そんな呑気に当たり前なことを思う。少し笑えば「落ち着きましたか」とふっと彼女の手が離れた。


「――うん、落ち着いた」
「じゃあ、寝ていましょう。その間に私は白湯をお持ちしますから」
「……大丈夫って言っても離してくれないよね?」
「よくご存知で」

は漸く小さく笑った。
…………総司はそれに応じて、肩をすくめる。女は強い。母親、姉、いろいろな顔を持つというが、もその部類なのだろう。
仕方なしに返事をするとは頭を下げて部屋を出て行った。どうやら本当に白湯を持ってくるらしい。

…………その足音に耳を澄ませながら、総司は考える。
彼女にはまだ話していないことがあるが、この病が治るであろう方法、「変若水」のこと。だがそれは口外していいものではない。


「勝手に飲んだら泣いちゃうもんな、きっと」

泣き顔を見るのも悪くはない、と総司は思う。
彼女はきっと怒るだろうし泣くだろう。己の医学を持っても何も為す術もなかったという現実に打ちひしがれて泣くのだろう。
だが、もう一度考える。

彼女はきっと、もう泣いているのだろう。それも同じ理由で。


「変若水なんて知ったらどういう反応するのかなあ」


それでも生きていてくれてよかったと彼女は言ってくれるのだろうか。
言葉を想像しながら、総司はゆるやかに目を閉じた。
の足音が聞こえてくる。
どこから話をしてやろうか――……。否、矢張りもう少しだけ教えないでおこう。


「教えたらきっと使わないでくださいって言いそうだなあ。…………約束は、出来ないし」

そんなことを考えながら、が近づいてくる足音を彼は一音足りとも逃さないように耳を澄ませた。


どくん、どくんと音をたてる心の臓。
遠くで聞こえる蝉の声。
の足音。

どれもが一つ一つ奇妙な鼓動になって、心地よさに総司は口元をゆるめた。


2013.10.12