チョコレートとエトセトラ


「衛藤くん」

ひょこっと顔を覗かせたに桐也は構えていたヴァイオリンを下げた。彼女の片手にはクリアファイル。もう片方には近くにあるコンビニの袋。
差し入れだよと一言言った上で彼女は練習室の中に音もなく入り込んでくる。人の集中力を削ぐのが上手いもので、彼女の才能なんじゃないかと内心桐也は思うのだがそれを口にすれば心外だとむくれるのも目に見えているので言わないことにした。言えば話がややこしくなるのは既に経験済みなので、二度も同じ間違いはしないように彼の中ではルールが決まっている。
普段なかなか差し入れなんてものをしない……というか練習室にすら寄り付かないが顔をのぞかせるのも珍しいことなので会話に付き合ってやるべきかと頭の中で思案する。

「珍しいじゃん、
「補講あったしね」

そのついでだよ。苦笑いをしながらはコンビニの袋から赤いパッケージに英語が綴られているチョコレート菓子を取り出した。キャッチフレーズに違わず一息をつくのであればちょうどいい大きさと丁度いい甘さで桐也が好んで食べているものの一つでもある。
キャッチフレーズを思わず思い出すと桐也はそのまま、思ったままに口を開いた。

「"Have a break, Have a KitKat"って言うもんなあ」
「流石アメリカ帰り」

発音いいね。小さな賞賛を送るとそのままキットカットを彼の手に乗せる。
その思いがけない冷たさに桐也は僅かながらに指先を震わせた。赤いパッケージは既に汗を少しずつかきはじめていて、どうやら冷凍庫に保管されていたことが分かる。は続けてペットボトルの無糖紅茶を桐也に渡すと自分の分である缶コーヒーをいそいそと取り出し、換気がてらにと窓に手を掛けた。
……涼しい風が、頬を通り過ぎる。思わず目を少しだけ閉じると新緑の木漏れ日がきらきらと輝いていた。


「ん」
「ほら」
「うわっ?!」

ぺた。何か冷たいものが頬に触れて思いがけないほどの高い声をは上げた。何事かと思い振り返ってみるが、桐也が少し企んだ笑顔を浮かべているばかりで、特別変わった様子はない。睨みつければ悪かったとばかりに頭を何度か軽く小突かれる。
片手で器用に割られたチョコレートウエハースを彼が差し出してきたので、はそのまま受け取り口に放り込んだ。

「……あま」
「自分が買ってきたくせに」
「アメリカ人って甘いの好きだよね」

俺はアメリカ人じゃないっての。椅子に座って笑う桐也には釣られるように笑った。