春が来る

 その日は偶々浮竹の体調がよかったため、縁側で囲碁でもしないかとが誘い、二人でのんびりと囲碁を打っていた日だった。別段も浮竹も囲碁に対して関心が強いわけではないのだが、暇つぶしにはもってこいということもあり碁盤を引っ張り出しあーでもないこーでもないと騒ぎながら囲碁をたしなんでいたときのことである。
 偶に浮竹が咳き込むので薬と、白湯と、水、そして茶と用意は万端であり、少し春というには寒いのでひざ掛けをしっかりと二人そろって使用人に持ってきてもらって、打ち込む。


「浮竹さー職務とかそういえば大丈夫なの?」

 ぱちん、と白を寄せ、これ以上浮竹の好きにはさせないと防ぎながらは尋ねる。 彼は少しばかり考え込みながら、そうだなぁと笑ったように言った。
 ぱちん。
 彼の一手はそのの一手を回り込むようにして封じ込めるような策だ。
 そうはいくか、とがぱちん、と己のスペースを守るようにすれば、彼は顎に手を当ててほう、と笑って見せた。

「やるな、
「先生に付き合ってるからね、そりゃあ腕も上がるよ」

 山本総隊長といえばを含め多くの者達の頂点にいる死神であり、また、と浮竹、そしてここにこそ居ないが同じく同期生の京楽にとっては恩師である。
 そもそも何故がここにいるかといえば、発端は山本総隊長と副隊長である雀部の問題が原因だ。
 彼らの和食洋食に関してのお互いの矜持は大変なものであり、とばっちりを受けるのは第三席であるなのである。 しかし、それを文句を言ったところで普段の尻拭いは誰がやっているかと聞かれれば彼ら二人が主であり、は何もいえないのだ。


「一番隊に所属する時点で名誉な事だって言うけどなぁ」
「よくいうよ、隊長殿が言ったら唯の嫌味でしょ」

 碁盤にぺちん、と碁石を叩きつけ、そのまますぅっとすばやく動かす。 目的地で手を離し、相手の反応を待てば彼は矢張り楽しそうにうーん、と唸るのだ。 全く何をやるにしても彼はいつも楽しそうなものだなぁと、は改めて彼を観察しだした。
 顔のつくりは恐らくは上級であろう。
 体の弱さゆえに真っ白になった髪は少々痛んではいるが、それは病人である以上仕方が無いものである。


「しかしなぁ、先生がを引き取るとは最初思わなかったさ。 十三番隊に来させようと思ったんだがな」


 苦笑いをこぼしながらはずず、と茶をすすった。 高い戦闘能力が評価されている十一番隊に入りたいというのは恐らく彼女の血の気が多いからでもあるが、山本が何故という死神を一番隊に入れたのか、正直なところ浮竹は少し分かっているつもりだ。
 頭脳派とは天地が引っ繰り返ったとしても絶対にいえないが、彼女は危険察知能力と適応力が群を抜いている。 霊力のコントロールは昔から苦手だが、そこさえ周りがフォローすればどうにでもなるのだろう。
 飄々としているのは京楽と同様だが、彼とはまた違う何かを彼女は持っているのではないか、というのが何百年も通して付き合ってきた浮竹の見解だ。 無論それを口にしたところで大爆笑されてそれはないと言われるのがオチなので決して言うことは無いのだろうが。 それでも、を浮竹は評価しているし、評価に値する死神であると思っている。

 ほーほけきょ。

 不意に鳥の鳴き声が響く。
 視線を外へ投げかけてみれば浮竹の趣味の一つである盆栽に鶯が止まっていた。
 思わずが立ち上がろうとしたが、それを片手で制止し、浮竹はしい、と笑ってみせる。 思わず口を噤めば、鶯の鳴き声が再び耳に心地よく響く。
 その知らせは確かに、春の知らせだ。
 やがて鶯は空高く舞い上がり、そしてどこかへ飛び去っていく。
 その姿を最後まで見た後に、ふぅ、とは溜息をこぼした。
 妙な緊張感があったのだろう、座椅子の背もたれに寄りかかり、苦笑を浮かべた。

「春だねぇ」
「もうそんな季節なんだな」
「これを期にうちの総隊長たちも早く和解してくれないかな」

 今回の件長引いたらどうしよう。 そうこぼしたに、浮竹は苦笑を浮かべるしかなかった。


「ところであの盆栽、切らないの?」
「切っててもどこをどう切ったらいいのか分からなくてな、は盆栽は?」
「やると思う?」



 ずず、と熱い茶をすすりながら浮竹はそれもそうだ、と頷くとはけらけらと笑ってみせる。
 こういった何気ない会話が出来るのは彼らが同期生であり、長年の付き合いのある友人だから、だというのもあるのだろう。
 やがて地獄蝶がヒラヒラとたちの前にやって来ると早々に山本の静かだが威圧のある声で至急戻ってくるように、と伝令を告げて飛び去っていったので、が呆れたように溜息をついたのは、またこれから数時間後のこと。


 ――結局、浮竹との囲碁は中断で引き分けとなってしまったが、どうやら一番隊での問題は解決したようだ。
 好きならばそれを貫け。
 それで結論が出てしまい、が苦笑いをしたのは、言わずともがな。


2008.11.05