キッシング・ロマネスク

、これを見たまえ」
「……なあに、これ」
「人に意見を聞かず己で考えるべきだな」

ジョーリィとの関係はからすれば「恋人」であるのだが、実際のところ彼との「恋人」関係というものは全くといっていいほど甘くはないし、彼はキスを何とも思っていないようだし、頬を愛撫することもない。
時折気まぐれに頭を撫でて、ただそれで終わりだ。その撫で方は息子であるルカや、他もろもろとの扱いが変わらないかのように見えてからすれば非常に、頗る、不服である。
だが、頬を膨らませて機嫌を損ねたことをアピールしても、結局彼は見向きもしない。何故ならば、彼は「大人」であり、「甘やかす」ということは一切と言ってないからだ。
ウイスキーグラスを傾ければ琥珀色の液体が氷に度々ぶつかって軽快な音をたてる。乾き物のナッツもチョコレートもある一方で、の心はそう潤ってなど居ない。
彼の部屋は薬草の匂いに満ちている。
どこから持ってきたのかわからない薬草を並べているさまに、錬金術師というのは偏屈家ばかりであるとは考える。それとも、親子だからそうなのかもしれないが。

「わかったか?」
「いいえ、さっぱり」

息子とそう年が変わらないを一瞥しながら、彼は羽根ペンを動かし、E=mc2(ただし、この2はcの上にかかっている)と書いてみせた。何のことかさっぱりわからないし、は首を傾げるしか無い。アルファベットは流石に見覚えもあるし使ってもいるが、この文字に何の意味があるのか、彼女のイマジネーションはそう働かない。

「これは、ルカなら分かるの?」
「……お前は本当に、ルカが好きだな」
「そう?」

仲間だからね。同僚だからね。友達だからね。同年代だからね。
いくらでも理由を述べることは出来たが、どれを答えてみても多分きっとジョーリィは「そうか」としか言わないであろう状況をは察し、彼の手元に収められた記号式をじっと見やる。

「これは、何なの?」
「さて、お前との関係とでも述べればいいか」
「ええ、どういうこと?」
「クックック、さて」

するり、とすり抜けて、矢張り彼は笑う。
カクテルでも入れに行ったのだろう、去っていったジョーリィを横目には考えても考えても出てこない答えにああ、だのうん、だのうめき声を上げた。彼は妻を失っているのか、それとも離婚をしたのかは知らない。だが、ルカはルカで「あの人なんかと付き合ったら悪夢に毎日うなされますよ」と苦々しく言っていたので、母親のことは言わない。死別、だとしたら彼の心にはまだその人がいるのだろう。はその「人」に、勝てる見込みは全くを持ってないせいで、自分の外見、中身をコンプレックスの塊にしながらため息を付いた。

「……なんだ、その顔は」
「え」
「ふん……」

ずい、と近づいた顔が彼女の鼻をがぷりと甘咬みしてくる。唐突の出来事に彼女は目を白黒させながら、どうにかこうにか現実に戻ってこようと頭の中のぐちゃぐちゃになっている糸を一本一本たぐり寄せる。
視線の先では、魅惑的な瞳をサングラスで隠している男が、喉を震わせていつものように笑っている。


「……ジョーリィのばか、ばか」
「心外なことを言う」

親ほど離れている上の男。彼の記憶にきっとひっそりと座っているであろう妻の姿。仲間の父親。止めるルカ。色々な面を持っているが、結局のところはジョーリィから離れられない。
この数学式のイコールのように、結ばれ続けていればいい。
意味の分からないこのジョーリィの言う「我々のような関係」で在り続けられたら。そうは思いながら瞳をゆっくりと閉じる。
ねっとりとした、ゆったりと時間を使ったような口づけが降ってくるであろうことを期待したが、彼は早々甘やかしてはくれず、ただ喉を震わせて笑っているばかりだ。
それは、世界で一番綺麗な式。


サイト一周年記念。
かなや様リクエスト「ジョーリィによる嫉妬/幼馴染3人と仲がいい恋人」