知らない振りが得意の彼

「灰羽君は花に囲まれているのが似合うね」

 トランペットの手入れをしている同級生に彼は片眉を少しだけ上げた。が、直ぐに平常心を心がけにっこりと人のいい笑顔を浮かべ「そうかなあ」と呑気な、品行方正の美少年を演じてみせる。
 彼女は首だけ動かして何度か頷いてみせる。
 ―――灰羽カオルはその天使の歌声と言われた声を成長期における声変わりで失い、メゾソプラノから生まれ変わろうとしている。そのためのクリスマス祭、引いては白樺祭だとも彼女は把握している。事実彼の周囲は中学、高校から人だかりができているし彼の出るコンクール、コンサートには多くのファンが集っている。

「クリス先生がよく地団駄を踏むのは灰羽君のせいでしょ」
「ええー?何もしてないのになあ」

 ねえ、テルル。てるー。
 その「テルル」なる妖精とのやりとりももう見慣れたもので、彼女はあまり意識せずトランペットの横押しになっていないかの入念なチェックの後、思い出したように顔を上げる。

「まぁ、どっちでもいいんだけどさ、それよりも」
「何?」
「はな」
「?」

 すっと渡されたのは花がらのハンカチで、カオルは首を傾げる。レースの付いた花柄。視線を落とし、次に彼女を見やる。
 彼女は少しだけ困ったように笑って己の鼻をちょん、と触った。

「鼻、赤いよ?」
「!…………うわあ、気付かなかった」

ハンカチを受けとり、抑えるとにこやかな笑顔を返される。
 気恥ずかしくて視線を落とせば彼女は「ぶつけた?」と呑気に聞き返した。彼の感情の起伏、表情の切り替わりをやんわりと気づかないように緩やかな空気で包み込もうとする彼女に、時折どうしようもなくカオルはイラつく。

「君って本当、のんきだね」
「そう?」
「そうだよ。ほんにゃら、そんな呑気な君にお礼に飴ちゃんをあげよう」

 ポケットから取り出した飴の包。そのまま受取って彼女はありがとうと気の抜けた笑顔を浮かべる。
 なので、カオルもまたへにゃへにゃと気楽な笑顔を浮かべた。


2013.09.13