寒空の下で彼女は暖炉の薪を増やした。
パチパチと巻き上がる火の暖かさにロッキングチェアを揺らす。
窓の向こうは濃紺の空から白い粉雪が舞い落ちている。
ほとんどの季節、雪と氷で閉ざされたこの街に身をおいて暫く経つが、彼女の世界は相変わらずハードで忙しいし、日々がさじ加減一つで変わっていく。
静かに音もなく落ちる薪だったそれ。
彼女はゆっくりと立ち上がり1人では少し手広い部屋を歩いた。テーブルの上に置かれた金の紋章がはいったそれに目を通していると、分厚い本が時折目に入ってくる。
絵本だった。
彼女が書いた、というか「書かせた」本。
事実は小説より奇なり、とはよくいったものだがレイにとってこの世界で生きていることは小説よりもだいぶ変わっているものである。そう彼女は思っている。
「失礼するよ」
「ノックぐらいしてください」
不躾な来訪者に、彼女は視線を動かさず一言だけ言い放つと、手元にあった本の上に書類を無造作に置く。
一礼するように姿勢を正すと「すまないね」と全くを持って感情がこもっていない悪びれない言葉が投げかけられる。
「何かご入用ですか」
「いや、寒くてね」
「……女官に毛布を持ってきてもらえば良いのでは?」
「君の部屋の暖炉はいつも大体温かいのを知っていたから、そちらのほうが早いと思ってね」
「せめてオブラートに包んで息抜きで来たぐらい言えないんですか」
ぽんぽんと飛び出す軽口にそうだねえ、と彼は笑い、そしてあっさりと無視し気軽な格好で(おそらくは後宮にいたであろう格好で)ロッキングチェアに座った。銀色の髪はさらりと揺れて、頬杖をつく姿は若さが姿を隠し、熟成された酒のように、苦味と渋みを醸し出していた。
国を背負うと決めてから、現在まで。
彼はあれとあらゆる施策を練ってきた。非道な王、英雄王、情に厚い男。さまざまな言葉が彼の知らぬうちに膨れ上がってきている。それを扇動してきたのは彼女であり――それを彼は咎めない。
「ひざ掛けぐらいかけてください、風邪ひきますから」
「」
「はい」
「君は英雄王に私を仕立てあげたけれども」
君が一番リオン君のことを引きずっているようにも見えるよ。
あっさりと言い放った言葉に、は驚いた。リオンという名前を聞いたのはいつぶりだっただろうか。リオン・マグナスという男はずいぶん彼女にとっては「食えない」「分からない」「理解できない」男である。それは、まぁ、いつものことで。
「リオン君ですか」
「罪悪感かい?」
「まさか。彼は裏切ってでも守りたかった、貫いただけなのでしょう」
私はまぁ、国のために彼を利用しただけですから。
淡々と言い返したにウッドロウは苦笑した。
その発言こそが、ぴかぴか光る彼女の靴の裏に隠された鈍くて暗い罪悪感だというのに彼女自身知らないふりをしているのかはたまた見えていないのか。
「君はそういうのはあり得なさそうだね」
「わかりませんよこれで意外と次の王の座を狙っているかもしれません」
「君が王に?道理で冷え込むわけだ」
君は王の器でないことぐらい私は知っているよ。
笑ったウッドロウに「まぁそうでしょうけどね」とあっさり彼女は引き下がってみせた。ちらつく雪は大粒にかわり、ますますこの街を、国を包み込もうとしている。
「リオンくんに対してどうこうは思いません。彼は彼のやりたいことを貫いた人間だということは聞いていますし、話している印象もそうだったので」
「そうか」
「なので、今生きている私も、やりたいことを貫くために彼を裏切った上で死んでいった人間として語ります」
「……君は本当に悪い政務官だねえ」
「政務官で正義の固まりの人間なんていやしませんよ」
全ては過程に基づいた結果でしょ、と彼女は言う。
彼女は従者で彼はその主人だ。リオンがどうとか、スタンがどうとか、英雄に対してどうとか、は余り関心がない。重要なのは国としてあるべき姿と彼があるべき王として人々を導くための礎になることだ。
「それで、君はそこまでやって、どこにいくんだい」
「あなたがさっさと政略結婚してくれればその子どもを手玉に取って政治を乗っ取れたらいいんですが」
「はっはっはっはっは」
「ああごまかしましたね?!この前の姫の何が不服なんですか」
あなた初恋も引きずるの大概にした方がいいと思いますよ女々しいですから!
小言を言ったにやかましい、とウッドロウは余裕を崩してぺしゃり、と言い放った。
そんな器用そうに見えるも子どものような彼らのやりとりを見ている人間もおらず。火の粉がまたひとつ虚空に舞って、薪を燃やし始めた。
2014.07.29