好きだ、って言ったら逃げるくせに

愛してるとか好きだとか、そういう言葉を言うのは歌の中だけでたくさんだ。
は目下、今のやりとりをしていた目を向けながら尋ね返す。度々繰り広げた言葉遊びは意味もなく、形をなすこともなく言霊になって、虚空に吸い込まれて行く。

「むむ、なかなか手強いね優子ちゃん」
「嶺二君が一筋縄で行かないことくらい見た目でわかるよ」
「見た目って、あのねえ、見かけで物事を判断するのはおにーさん反対だなぁ」

おにーさん、そんな風に育てたつもりないんだけど?
カチカチとボールペンを回して頬杖をついた寿に、はどうだか。知らない。気軽に言い返しながらそのボールペンのノック音に応じるように机を指で叩いた。

「私たちの関係って、このままが良いんじゃないのかなあ」
「このまま?」
「このまま」

大人のようで子供のようで食えない、気の置けない悪友のような、それでいて男女のそれ。
彼女は彼のことを気に入っていたし、彼は彼女を愛でている。愛玩動物のような、そうでもない、なんとも言えない関係。
組んだ足を元に戻して、嶺二はえー、と頬を膨らませた。
少年のように大きな瞳をますます大きくさせて反論する姿は芸能人のそれとは思えない。
……いや、ここまで芝居がかっているから芸能人ならでは、なのかもしれないが。

ちゃんはそれで良いんだ?」
「私?私じゃないでしょ、嶺二君がそれが、いいんでしょ」

アイコンタクトでの心理戦が繰り広げられる。彼はもうボールペンをノックしていないし、彼女ももう机を叩いていない。見据えあった状態で問いかけてくる言葉は彼らの心をあぶり出す。

「逃げない?」
「逃がさない」
「怖いなあ」
「言うと逃げちゃうじゃない。先手打ったのはそっち」

愛してるとか、好きだ、とか。
恋慕とか、憧れとか、そんな淡くて切なくて甘ったるい言葉などきっと彼は言われ慣れているし、彼女もその思いを乗せて歌う彼の姿を目にしている。
何故なら彼はアイドルで、はそれを見守る立場だからだ。

「ぼくはガールたちも大好きだから、多分ちゃんみたいな思いの返し方はできちゃわないよ」
「出来ちゃうのか出来ないのかわかんない言い方するね。まあ、でも、いいよ」

捕まえたから。
彼女のあっけらかんとした言葉に寿は君ってそーいうポジティブガールだよねえ、なんて楽しそうに言うのだ。

「それじゃあぼくは捕まったと見せかけてちゃんが好きだよ、って言っておこうかなぁ」
「……なにそれ」
「何って、愛の告白だよーー?」

そうやっていつもと変わらない、境界線があやふやな寿には仕方ないとばかりに両肩を落として甘えるようにしょうがないなあ、と呟いた。
彼と彼女の追いかけっこはどうやら終止符を打ったようで、捕まった手と捕まえた手が重なって彼らは晴れやかな笑顔を浮かべるばかりだ。

@60min_write: 2014.07.23のお題『好きだ、って言ったら逃げるくせに』
リクエスト「寿嶺二」