夏だろうと冬だろうと練習というものはするものだ。
朝のジョギングと朝練を終えた岩泉は、待ち受けていた昼食食べたら午後の練習という言葉に撃沈した。
青葉城西はその名の通り青葉城よりも西にある仙台の高校である。状況は夏休み。高校初めての夏休みである。
だが、彼女に待ち受けているのはバレー部の練習というもので、部活に勤しむ姿は青春だのなんだの言われているが実際は身体をいじめ抜いているだけだ。
「男バレどうしてんの?今日見ないね」
「筋トレ日なんじゃないですか」
不意に女生徒たちが普段はいる男子バレー部について少しばかり触れた。
いつもは騒がしい状況も、今日は静かである。は三年生たちの質問にさあ、とだけ答えることにした。
岩泉というその苗字で分かる通り彼女は副主将である岩泉一の実妹である。
何か聞かれているかと尋ねられて結局もう一度首を振った。
詳しいことなどなに一つとして知らないからだ。
ボールを使った練習をしばらくしていたところ、体育館の扉が開く音がした。
一様に振りかえれば、えへらあと気のいい笑顔を浮かべた及川と、仏頂面の岩泉、そして男子バレー部顧問の姿だ。
「やっほー女バレー諸君お疲れ様ー!」
その一言はずいぶん軽い。汗で背中と首と額とあちこちがすべる状態だというのに、気楽な発言に思わず殺意がわいた気をは感じ取ったが敢えて見ないふりをすることにした。及川徹が空気を「あえて」「読まない」のは今に始まったことではないし、彼女はそれをもう10年以上付き合わされている。ついでに言えば、彼女の兄も付き合わされているのだから仕方がない。
顧問の声に応じ、彼らの声に振り返ると近くのスーパーの袋を持った及川が陣中見舞いだよーと気の抜けるようなことを言い出したのである。
陣中見舞い。
1 戦闘中の将兵の労苦をねぎらうこと。また、その折に持参する金品。
2 多忙な状況にある人などを見舞い、激励すること。また、そのときの贈り物。「選挙事務所へ―に行く」
何を言い出しているのかと女バレー部員は構えた。
……主将に至っては「及川……」と少しばかり不機嫌なオーラを醸し出している。
一方で彼女の兄である岩泉一は脇目もふらず、、と彼女の名前を呼んだ。
「この前女バレー、男バレの応援に来ただろ。その礼で男バレ一同から」
「ああ!及川君意味わかんないから何かと思った」
「二三ちゃんひどい!俺そのまま言っただけだよおー」
煩い及川。
冷たい岩泉の言葉を無視し、及川はその袋をバレー部のキャプテンに渡して爽やかな笑顔で手を振った。
岩泉は同じようにに渡し、「まあ頑張れ」とよくわからない労いを残し……彼らはあっさりと去ろうとする。
だがそれは主将たる及川徹にあっさり却下されたのだ。
「あっ!でも俺らも食べたいから一本ちょうだい!」
お前が食うのかよ、と岩泉の声が聞こえてきたが、女子バレー部には何のことかわからない。
何の話かと思えば箱で買って来たであろうスイカのそれ。
溶けるから食べよー食べようとなかば無理やり練習は打ち切られ……彼女たちにアイスが配られて行く。
汗をタオルで拭いながら、は体育館のフローリングに座り込んだ。
しゃり、と口に放り込む。甘くて、シャーベットのようなその甘さに思わず口がほころぶ。
は汗一つかいてない及川に尋ねた。
「なんでスイカバーにしたの?」
「えー、夏だからかなあ」
「美味しいからいいけど」
「あと岩ちゃんがねー、スーパーでちゃんスイカバー見ててさあ。それでそういえばちゃんスイカバー好きだったねって話したわけ」
妙な兄の気遣いにが視線をそちらに向けると彼は相変わらず女子の軽口に付き合わされてなんだかんだと話をしているようだ。あの兄が。女子ってめんどくせーと言っていたあの兄が。気遣いするようには見えないが、スイカバーは紛れもなくの好物である。
「……お兄ちゃん頭浮かされたのかな」
「夏だからね!まあ発案したのは俺だけど!」
「及川君は夏なのに元気だね」
「夏は女の子薄着になるからね!」
「セクハラ発言だよそれ」
知らないよ。の指摘に岩ちゃんには内緒ね?と苦笑しながら及川はいったが、そのまま軌道を真っ直ぐにバレーボールが飛んで来たのは言うまでもない。
そして彼の食べていたスイカバーをが綺麗にキャッチしたのも、有る意味で連携プレーだ。
「夏だから!ほら岩ちゃんどーどーどー」
「うるせーお前の場合常春だろーが!!!」
「暑いんだからうるさくしたらもっと暑くなると思うよ」
「ちゃん俺の!それ俺のだからね!?」
実にもっともなことを言いながら……はあっさり、及川のものだったそれを微塵の躊躇いも容赦無く口に放り込み終えた。
及川徹がひどいようと嘘泣きをしながらさめざめと顔を覆うのを無視して女子バレー部のキャプテンが「ごちそうさま!」という声を放ち運動部らしい彼らの声が響き渡る。……及川徹とは、学校の顔であるというのに、ひどい扱われようだ。
だが、そんなことが日常的にあるのがバレー部というもので。そんな青葉城西の夏の日はまだ続くようだ。。
8.2…それは夏のせい