You Can't Always Get What You Want




名前を呼ばれ、彼女はゆったりとその足を止めた。
宮中内の回廊は吹き抜けになっており、時折柔らかな風が彼女の髪と頬を撫でる。呼ばれたというのにその相手はのことを待たせ、のろのろと歩いてくるばかりだ。

「相変わらず辛気臭そうな顔だ」
「……会って早々厭味?失礼だね」

まるで鴉のそれとよく似た黒髪。宵闇に溶けてしまいそうなほどな黒さを持つ瞳。少し俯きがちな青年ではあるものの、姿勢だけはしゃんと伸ばしているところを見ると教育が行き届いた品の良さを感じさせる。
彼が同情と好奇な目で見られていることはにもわかっていた。宮中内では新たな王の存在によりざわめき立っている。円卓の騎士たちもまた、城を出ていってしまっていることも彼女は耳にしていた。
……そして「ウーゼル王」という後ろ盾をなくしたもまた、メドラウト程ではないものの嫌悪や好奇な目に晒されている。王が崩御してからの彼女の立ち位置は不安定で曖昧だ。王の血族ではない。彼女は「子飼いの娘」にすぎない。メドラウトのような明確な血統もない。国王になったあの娘のように「聖剣」を抜いたわけでもない。
そこに、彼女が「いる」意味はない。後ろ盾もない彼女がいるべき場所はおそらくは王宮にない。
だが、それでも彼女は「そこ」にいる。

「円卓を抜けるのか」
「……何をいきなり。抜けないよ」

『娘』のように扱ってくれたウーゼルへの義理もある。何故彼が自分を娘として育てたのかは今になってもには分からない。正式な養子になったわけでもないが故に噂はいつまでもこびりついている。ギネヴィアが子供を産めない代わりとして使われる、だの下卑た話もあったようだ。
モルゴースが余りのことを好まないのはそういった話がある程度には、彼女の寵愛するウーゼルがに慈愛を持って接してくれたからだろう。……だからといっても、にはどうこう出来る話でもないのだが。
メドラウトの言葉には思わず「抜けない」と気持ちを返した。
円卓に座る人間は騎士が主たるものではあるが、ギネヴィアやモルゴースが座っている場所とは異なる場所で、彼女もまた、腰掛けている。


「なんだ、つまらない」
「従兄弟として心配でもしてくれたの?」
「僕が? 馬鹿馬鹿しい」

お前はそういう風に見えるのか。
問い返したメドラウトにはいつものようにのらりくらりと交わしながら「まあ、そうだろうね」と笑った。

「お前が抜くから、あいつはお前を育てたのかと思ってた」
「私が聖剣を? まさか」

剣を持ったことがあっても、聖剣を触れさえさせてくれなかったウーゼル王を思い出しながらは庭園に目をやった。何故、ウーゼル王は自分を育てたのか。それは今でも分からない。
……だが、庭園に目をやった時一瞬だけ見えた海のように青い髪をした騎士とピンクの薔薇のように柔らかな髪をなびかせた王妃を見かけ……彼女は鬱陶しそうにため息をついた。

「やあ、
「……モードレッド」
「メドラウトと相変わらず仲がいいね」
「そう見えるお前の目はおかしいんじゃないか。おい、僕は行くぞ」


言い終わらないうちにさっさと歩き出したメドラウトを見送りながら、は両肩を落とした。モードレッドが視線で何かを訴えかけているが、彼はどうやら円卓の騎士とが話すところを見るのが嫌いらしい。嫉妬のような甘いものではなく、単に気に喰わないのだろう。


「ああ、ランスロットとギネヴィア様がいるね」
「……そう」
「あの噂、本気にしてる?」

ランスロットとギネヴィアの不義の噂。
ギネヴィアがランスロットに向ける感情が熱っぽいものであることをは知っている。だがランスロットがどうであるかは…残念ながら、には分からない。

「別に」
「君は本当にウーゼル様のことが好きだったからなあ」
「父親代わりであった人を慕うのは当然でしょ」
「じゃあギネヴィア様が姫王を娘だというのに君を娘だと言わないことに違和感はないの?」
「しょうがないんじゃないの」

だっていきなり連れて来られて「こいつを育てる」なんて誰も納得しないでしょう。
呆れたようにモードレッドに言い返したに、モードレッドは楽しそうにふうん、と笑った。
はモードレッドのこういったはぐらかす性格な一面がとても苦手だ。馬鹿正直に生きていたところで仕方がないのかもしれないが……よく、分からない人だ。

「そうだ、。姫王が後で君に会いに行くって」
「王が?」
「そう、王が」

この言葉には目を丸くした。
てっきり話などないと思っていた姫騎士、騎士王、姫王がこちらに出向くのだという。何故、と口にすればモードレッドは楽しげに笑った。


「知りたいんだって、みんなのこと」
「はあ、そう」
「で、君は特に女の子だし。侍女以外だと一番近くて、かつ出自も近いだろう?」
「騎士として育ってきた彼女と私では雲泥じゃないの」
「王に育てられてる君が言うとただの皮肉だね」

ブリテンの王。ウーゼル・ペンドラゴン。はモードレッドに片眉だけあげるとじっと見据えた。その目つきにああ、悪い、と彼は小さく笑う。
悪意があるのか、それともないのかはには微塵も分からなかった。…それだけ、彼が食えないこともあるのだが。

「姫王はかわいいよ。きっとと仲良くなれるんじゃない?」
「どうかな」
「メドラウトと仲良くやれてるんだから出来るだろうさ」

誰と誰が仲がいいのやら。
は形式上の従兄弟を思い出し、両肩をすくめて笑った。
メドラウトは自分のことを「石」とか「柱」とかその程度の認識だろうし、何より心をひらいているとは到底思えない。血筋すら繋がりもない、騎士たる彼と、騎士ですらない娘。

「しかしウーゼル様が生きていたら、君は誰かと結婚させられていたのかな」
「そうじゃないの?」
「……結構、ドライだよね、
「それはどうも」

苦笑を浮かべた彼女に、モードレッドはにこやかに同様の笑いを浮かべる。ウーゼル王の考えは円卓の騎士であるモードレッドにも、娘のようにかわいがっていた彼女にもわからない。
「そういえば、先程メドラウトに振られていたね」
「見てたの。ここを出てかないのかって聞かれただけだよ」
「ああ、実に彼らしいね、答えは?」
「ノーに決まってるでしょ」

実に君らしい。楽しそうにモードレッドは笑う。
何がおかしいのか分からなかったが……は、そんなモードレッドに「いつものことだから」といつも通りの何一つ変わらない笑顔を浮かべてやった。