籠の中の鳥にすらなれなかった少年
メドラウトはその日、実に不機嫌であった。理由は色々とあるのだが、一番の要因としては朝、いつものように庭園に行った際にが何かを真剣に話し込んでいたからである。
別に、だからといってどうこうする話ではない。
不機嫌になって、そのまま踵を返し聖廟に往けば相変わらず常にそこは花で満ち溢れていて、むせ返るような花の香に顔を余計にしかめた。
「……くそ」
はここ最近、姫王と呼ばれる女とよく一緒にいる。それが彼をいらだたせる。あの女は僕の立場になるはずの女だ。権力にお前はすがるのか、と。思わずにはいられない。
勿論、がそんな意図があってやっていることではないことぐらい彼もわかっている。だが、それでも腹立たしいことこの上ない。今もそうだ。あの男は姫王親派であり、目下彼が気に入らない男でもあった。
花を一輪、その手でぐしゃりと握りつぶす。ピンクの花弁が足元に堕ちていくのが血のようで、彼はうんざりとため息をこぼした。
「メドラウト」
「……なんだよ」
「別に?姿が見えたから」
追いかけただけなんだけれど。深い意味はないよ。はその花を一輪、メドラウトが握りつぶしたものと全く同じものを聖廟に置いた。
「……おい」
「何?」
彼女は、特別何も言わない。あたたかみのある言葉も、優しい表情もしない。メドラウトは好奇の目に晒されている自分の立場をわかった上で―うんざりともしないが不思議でしょうがない。モルゴース一派は、メドラウトを王に立てようとして失策。聖剣を抜いたのはそうメドラウトと変わらない、円卓の騎士ケイの妹。
……そうして、彼女は魔法使いマーリンを後見人に立て、今では「姫王」として市街でも人気があり王宮でも時の人だ。
ぐしゃり、ともう一度メドラウトはその手で花を潰した。今度は真っ赤な花だ。
「―――ちくしょう」
「メドラウト、手に良くない」
「うるさい、うるさい、うるさい」
彼は心の中にある「選ばれるわけがない」感情と、どこかで「選ばれたい」感情をせめぎ合わせ、そして喘いでいるのだ。本人が自覚がないほどに。
は彼を見つめ、触れることも出来ず、ただその散らばった花を見、聖廟を真っ直ぐに見ていた。
「籠の中の鳥? そのほうがよほどマシだ」
見てもらえる、愛玩動物としてそこにあれるのだから。彼の苦しみの言葉に、はゆっくりと聖廟を見つめていた目を閉ざす。お前に何が分かる、と彼は言うだろうがは彼の気持ちを汲み取っていた。
その両手を組、そしてため息をこぼした。
「メドラウト」
「……なんだよ」
「私とこの城を出る?」
私は妖精に育てられているから、少しは魔法も使えるはずだよ。
君が願うなら、城の人間全員を眠らせて、遠くに連れてってあげるよ。
朗々と語ったに、メドラウトはすぐに視線を逸らした。馬鹿じゃないのか、という言葉を添えて。
彼はこの場所から逃げることはしない。恥さらしとして、聖剣を抜けなかった王族という目を向けられても、それでも彼は生きている。生かされている。それはモルゴースのお陰なのか、それとも彼自身の意思なのか、には分からない。
ぐしゃり、とメドラウトが潰した花を彼は踏みつけたので、残りの花びらをその手に取った。
「それでも、メドラウトは必要なんだよ」
「……誰がっ」
「私が、メドラウトを必要としてるよ」
お前なんかじゃ意味がないんだ。そう突き放すように言い放ったメドラウトには苦笑した。そういうことは予想通りだ。
花びらを聖廟に飛ばす。
風が巻き上がって、ふわり、と甘い香りが彼女の鼻孔を擽った。
「まぁ、気長にやるよ」
「……呑気なやつ」
「ウーゼル様に似たのよ、そういうとこ」
「血もつながってないお前がか?馬鹿言うなよ、お前のその脳天気さはお前特有のやつだ」
僕達王族を馬鹿にするなよな。
そう言って彼はかつかつと足音を立て、去っていく。その後姿を見ながらは小さく笑った。素直じゃない。
否、彼らしいといえば彼らしい。
「ああ、待って、メドラウト。遠出にでもいこうよ」
彼女の提案など、彼は黙殺したが――、だが、そんなことなどわかっていたとばかりにはけらけらと随分と楽しそうに笑った。何だかんだいったって、彼は面倒見のいい性格をしていることをは知っている。急ぎ足で追いつけばうんざりとしながらも拒否しない姿に彼女は少しうれしくなって「籠の鳥、上等」と歌うように、笑った。
……彼は相変わらず不機嫌なままではあったが、の言葉に「お前ってホント、ノーテンキで羨ましいぐらいだ」と吐き捨てるように呟く。それが彼の発散方法の1つであることをも、メドラウトもわかっていて、そしてその距離感を嫌いではないことを心の中のどこかでわかっているのだ。
彼女が馬を走らせる姿を、メドラウトは後ろから見送りながら、いいように付き合って「やっている」のに、彼女の楽しそうな笑いが腹立たしいくらいに自分のストレスへの発散へつながっていることに気付かされる。
「本当ノーテンキで、馬鹿で、むかつく奴」
聞こえないように、察されることのないように、彼は苦々しく―――だが笑って、ぼそりと呟いて、笑った。