Heads or Tails

モルゴースが死んだという話を聞き、は苦痛に歪んだ顔で、そう、とだけ答えた。アルはそれ以上何も言わなかった。彼女にとって見れば、憎むべき相手なのかもしれない。王にとっては邪魔な存在にすぎないのかもしれない。
にとってはそうではない。激情家な人間ではあるが、少なからずにとってみればやさしい、毅然とした人だった。厳しい人といってもいいだろう。
「…それで、
「うん?」
「メドラウトなんだけど」

ああ、と彼女は小さく声を上げた。彼は常に母とともに在った。その姿を不憫だとも哀れだとも思わなかったし、にとってみれば彼が母親に逆らえない傀儡であることは、致し方がないことでもあると把握していた。何故ならば、もまた、メドラウトと同じ数奇な運命に振り回されているのだから。

「それで……王?あなたは私にどうあって貰いたいですか」
「えっ」
「……叔母上が自害したことは承知しました。そうでしょうね、あの人は、そういう人ですから」

メドラウトは、騎士です。生きています。あなたは私に、彼を殺せと命じれば私は彼を殺しに行くでしょう。もしくは、あなたの騎士に。
反逆は罪。それを承知のうえで彼らは生きていたのだから、当然なのだろう。

「……は、どう思う?」
「私ですか?私は潔く死ねって言いますね」
「えっ」
「だって、彼は騎士ですから」

仕えるべき主に刃向かった以上、彼もまた意思を失っていようと、わかっているのでしょう。
随分と冷たい言葉をかけたにアルは首を横に振った。


「うそばっかり」
「嘘なもんですか、あいつだって騎士です。騎士であるべきなんです」
「……私でもわかることだよ、

王だからっていうより、年が近いからなのかもしれない、とアルは思う。
は見透かされたアルに対し面くらい、そしてそっぽをむいた。


「すこし、大人になられましたね、王」
「そうかな……そう、かも」
「それは、恋をしたからですか?」
「……どうだろう」


でも、私の恋はの恋とは違いすぎているから。アルの言葉に、思いがけずは目を丸めて「え」と聞き返した。誰が恋だと。

「え?」
「え?」
「……メドラウトのこと、好きなんでしょ?」
「あいつは私のことなんて必要としませんよ」
「そうじゃないでしょ!」

もー、なんでこういう時に逃げるの。
アルに小言を受けながらは外を見やる。メドラウトは今は自室に待機らしい。後は王の審判を待つのみだ。…だが、王に歯向かうのであれば、それは、反逆行為だ。彼は彼女を殺そうとしたのだから、火刑であるのが妥当だ。そうは思っている。それが、アルに対して一番いい。

「王、情けは要りません」
「だめ」
「どうして」
「情けがない、そんな王様になんて私はならない」
「……では、どうしますか」
「じゃあ、が監視役として側にいてよ」

女にですか?笑い飛ばすように、自虐的に言ったに国王であるアルはしっかりと頷いた。
馬鹿げていた。
…けれど、同時に、少しだけほっとしたのかもしれない。生きていてほしい、とも少しばかり思っていたのだから。

これ以上にない屈辱を感じながら、そうやって彼は生きるのだろう。
聖剣に選ばれることもなく、反逆にも失敗した愚かな騎士。

……そう、彼は負けたのだ。


「……介錯ぐらいならやってもよかったんですけど」
「却下」
「反乱分子になりかねません」
「だから、が見張ってあげてればいいじゃない」

理解に苦しむという顔をしたに、アルはにっこりと笑った。

「側にいてあげてね」

…いやだ、とはどこからどの角度をとってみても、言えそうにはない。




「おい、なんで僕の部屋にお前がいる」
「処罰までの間暇そうにしてる可哀想な従兄弟を慰めに来た」
「……ふん、従兄弟と言われてもお前に血の繋がりなんてないくせに」

ウーゼルの子飼いの女。
そう呼ばれ、今もこうしてここにいるはなんとも言えぬ滑稽さだが、アルはおそらく本気で彼女を「モルゴースの姪」と見ているのだろう。


「なくてもほっとけないのが、一応知り合いってことなんじゃないの」
「うるさい。お前がくると頭が痛くなる。さっさと出てけ」
「王命なので、お断りします」

あいつか、と忌々しそうに彼はぼやいた。
…それを、は小さくため息を付いて「うそつき」とつぶやく。

「なんだ」
「別に」
「……ふん」

そんな会話を何度も何度も重ねる。は途中で言葉をかけるのをやめて、静かに降り注ぐ雨の音に耳を傾けた。

「……ランスロットは」
「起きたらしいけど?」

それ以上彼は何も言わない。
これもまた、彼なりの情みたいなものなのだろ、とは観察しながら思う。


「王は、あなたを処罰しない代わりに私を監視につけたいらしいけど、どう思う?」
「……は?」
「ね、甘いよね」

でもそれが、あの王なのかもしれない。静かに目を伏せて、彼女は雨の音に合わせ指先をほんのすこし叩いた。メドラウトの漆黒の瞳がこちらを見ている、そんな気がした。


「ねえ、メドラウト」
「……」
「私ね、あなたに王になって欲しかったって気持ちは嘘ではないんだけど、でも、今は王にならなくてよかったんじゃないかとも思ってる」


叔母上には申し訳ないけど。
そこまで言い、彼女はベッドの上に座るメドラウトの頭をぺしぺしと叩いた。

「まぁ、どういう決着になるかは分からないけどさ」


「今のあなた。ウーゼル様がいなくなったときの私に、ちょっと似てる気がするから」
「一緒にするな」

お前なんかと僕は違う。そう言い切ったメドラウトに、は薄く笑った。そうだ、それでこそメドラウトだ。そして、それに対して弱っていようとなんだろうと反論を返すのも、また自分だ。


「だから、ほんのちょっとだけ側にいてあげてもいい」
「いらない」
「いい、別にそうしたいから」
「……ふん」

そうやって、糸のようにぐるぐると絡まって、そうやって運命に翻弄されながら――彼女も、彼も、こうして、そこにいる。好きだなんだという言葉を聞いたというのにも関わらず、の心は妙に穏やかだ。
言う、言わないという問題でもない。そしてメドラウトは彼女を必要としない。1人だと思っている彼に、彼女はいてもいなくても石ころのそれと変わり様がない。

「ねえ、メドラウト」
「なんだよ」

ならば、残り少ないはかない命だとしても。


「笑ってみてよ」
「…なんで」
「なんとなく」
「おかしくもないのにか」
「そう」

馬鹿馬鹿しい、と彼はあざ笑った。だがその笑い方に、はころころと笑って、ごつん、と頭を彼の背中に寄せる。
くせっ毛である彼の黒い髪を自分の髪で寄せれば嫌がるように手で払いのけられる。

そんな風に、いつもと変わらない言い方をするメドラウトに気づかれないようにはくくく、と小さく笑った。