Far away from here
ここではない、どこかへ旅に出る。そう言い切った騎士に、は「へえ」と曖昧に言葉を濁した。
彼らが新たな王を受け入れきれないことを彼女は知っている。ウーゼル王の崩御の後喪に服す暇も略なく、新な王探しに多忙の王宮。仕えるべき主を失った円卓の騎士たちは困惑しているのは手に取るようにわかる。
ゆえに、彼らが王宮から飛び出し新たな場所を求めることをは咎めることはしなかった。
「はどうするんだ?」
「どうも何もしないし、出来ないかな」
ある騎士の問いかけに、は両肩を落とした。選別にと渡された短剣は宝飾品がついていて、どちらかと言えば宝剣の類に近い。
そういえば彼の出身地付近の鉱山では石がよくとれたと聞く。感謝の意を唱えれば、青年は苦く笑って「お前らしい」とだけ言い残した。
そうして、朝焼けよりも前に――彼は馬を走らせブリテンを去ったのである。
という存在は後ろ盾にウーゼル、すなわち王がいたからこそ成り立つものであった。
いつか、どこかで拾われた拾われ子。それがだ。
「王の子」と呼ばれたが、彼はを子供だとはしなかった。育てはせど、それを子というようにはしていない。ゆえにも彼を親とは思っていない。
彼は王だ。王とは孤独なもので、誰にも理解されず、そこにあるのだという。
……彼のことをみなが慕い、皆が追う。それは彼が王だから。
「お前は幸運だ」と、円卓の騎士の一人は言う。
彼はウーゼルと共にあろうと上り詰めた男だ。だが、はどうしたら良いのかいつも困惑する。彼のハープの音は嫌いではなかったし、ウーゼルの前で奏でる音は自然と心を暖めた。
血も繋がらない不安定かつ不確定要素に満ち溢れたは危険分子だ、と誰かはいう。
ウーゼルという存在がいなければ、彼女は王宮にいることもままならない。
血筋も不明瞭。親もない、今はもう後見人もいない。出自も分からぬ娘。そう囁かれているのは今に始まったことでもない。
彼女を排斥するべきだという声もあるが、それでも、ウーゼルが亡き後も、彼女は何も変わらない。
いつ王宮を追われるのかと考えながら、特に何も言われないので聖廟に華を添えてぼんやりといつもと同じように考える。
どのくらいそうしていたかもわからないほどに、懇々と考えているとコツン、と足音が少しばかり響いて自然とは人の気配に応じて姿勢をぐっと伸ばした。
「」
「……ランスロット」
青い花を手にしたランスロットがを呼び止めたのは聖廟の前にいたからで、がじっとそこから動かないことに違和を覚えたからでもある。
今気づいたかのようにゆっくりと振り返る。ランスロットは少しだけ苦笑している。……その姿は少しばかり先日此処を発った男を思い出した。
「ウーゼル様に報告か?」
「もう知ってるの」
円卓を去った騎士のことを、円卓の中で筆頭にいるランスロットが知らないわけがない。
彼は小さく頷くと石畳をこつん、こつんと歩いてくる。は自然と身体をずらし、聖廟の前を開けた。
「どうぞ、話したいことがあるんでしょう」
「お前はいいのか?」
懇々と考えていたの後ろ姿を見ていたからか、ランスロットは少しばかり困惑したような表情を浮かべたが、は聖廟に飾られた花達を一瞥するだけで特に何も言わない。
「……そうか、では私が終わるまで待っていてもらえないだろうか」
「何か急用でも出来たの?」
いいや、と彼は言う。言葉には首を傾げたが、ただその後すぐに「そう」とだけ返すことにした。
どうせすることもない。政務に関しては男がするものであるため、は殆どと言っていいほど触れさせてもらえなかった。そしてそれに対して異議を唱えるものでもない。円卓の騎士になることは叶わないが、それでもはその姿を見ていることが好きであったし、取り決めを意見を言いながら考えているウーゼルや円卓の騎士を見ることは彼女の日課になっていた。時に意見を聞かれることもあったが……勿論、それを採用されないこともあった。
そんな彼女の想い出を他所に、ランスロットは何かを考えているようだ。
新たな玉座に座る主のことを報告しているのか。は林檎の木を見上げた。
「……」
お前はここに居続けるのか、という問いにイエスもノーも答えられない。
行く宛があるわけでもない。他国との関係を円滑にする政の道具として使われることも考えられたというのに、それもどうやら新たな王が女であるお陰でなさそうだ。鳥達の鳴き声が聞こえてきて、聖廟にはやわらかな甘い香りが充満する。
「姫王は、お前とは少し違う性格をしているな」
「……年が近いからって、皆同じ性格はしてないでしょ?」
唐突に振られた言葉には苦笑した。姫王と呼ぶあの少女はある意味でメドラウトと正反対で、その姿に少しは近いものを感じる。
若しかしたら、彼を救ってくれる存在になるかもしれない、と淡い期待も密かに寄せている。
それ程に、彼は不安定で。また彼女も不安定である。
「それはそうだが、何というか、お前が王宮に居なければああなっていたのだろうなと」
「ああそれはそうかもね」
王宮に居なければ。
その運命をは少しだけ考えてみる。だが、どうも想像しがたかった。あって当然のもの、なくて当然のもの。
「…………ウーゼル様は何で私を拾ったのかな」
「あの方にはあの方なりのお考えがあったのだろう」
はいつだって出ていけるようにと周囲の声に応じて家事を覚えた。勿論それを自然として過ごしてきた人間には劣るものであるが、彼女自身のことを「出ていけるように」と周囲の声は常にこびりついている。
……それが、いいことかわからない。メドラウトには会う度に皮肉を言われるもので、の料理に関しては毎度毎度酷評の嵐だ。
ランスロットはの考えが分からないでもないのか苦笑し、「お前は出ていきたいのか」と問う。
「私が出て行っても、出自も分からない、それも女だよ。……野垂れ死にじゃない?」
「…………」
「まぁ、国的に私の存在はないわけだし」
この王宮にいるを、国民は知らない。皇女でもない。貴族でもない。
その理由をウーゼルは「オベロン王との約束だ」と言っていたが、からすればモルゴースやギネヴィアへの配慮だったのだろうとも思う。
ランスロットはの考えに苦笑し、まぁ、だの何だのと同意を返す。
「ランスロット。……貴方はここに居続けるの?」
「…………そうだな、私はこの国とともに在る」
そう、とは言った。ランスロットの真摯な瞳がは嫌いではない。澄み切った色をしていて、迷いがない。実際はきっと、彼にも色々と悩みがあるだろうが、はそれに関しては関与していない。
王妃が例えば懸想しているだろうということは察しがつくが、彼女との仲は昔から何とも言いがたいので関われない。
冷めたような考え方になったのは多分、彼女からすれば王妃のような人間を見てきたからだろうか。……詳細は闇の中である。
「ランスロット」
「なんだ」
「……これは私が言うと変かもしれないけど。ありがとう」
ランスロットは、理想の騎士そのままの人だ。の言葉に彼は少しまたたきをして笑みを浮かべる。品のいい姿に、は笑みを返すことだけで応えた。
「ウーゼル様は私にどんなことを願ってるか教えてくれなかったからなあ」
「…………私は少しわかるぞ?」
「え、本当?」
健やかであれ。きっと親ではなくても彼はそう願っただろう。を「国の子」であると称したのは誰であっただろう。
国に生まれた時点で彼女は、そして多くの民は「国の子供」であるのだろう。そうランスロットは笑った。
「私こそ、にこの国にいてくれたことを感謝している」
「私は何も」
していないと言い切るよりも前に、ランスロットはの手をとって、にこり、と笑顔を浮かべる。
騎士そのものの風格に、はしばらく目を瞬かせていたが―――敵わない、とばかりに笑みを浮かべた。
「メドラウトがランスロットのこと嫌うのわかる気がするかもなあ」
「何故だ?」
「眩しいんだよ、きっと」
でも、どうかそのままでいて、と彼女は笑う。
メドラウトの気持ちを考えながらも、は己の願望を口にし、ランスロットの大きな手を離した。
「はどうなんだ?」
「私?眩しいとは思うけど、嫌とは思わないかな」
「そうか」
安堵したようにランスロットが笑うので、は笑みを返す。ひなたの中、花が揺れる。
ゆっくりとした足取りで本を借りに行くのだというランスロットの横をは並んで歩いていく姿を、物珍しそうにボールスが見たのは少し後のことだ。その後、ひたすらに本を背中合わせのような形で噴水近くの椅子で読み耽る二人に目を白黒させたパーシヴァルが突進していくのは、ボールスの目撃の後すぐのことである。
今はただそんなことがこの後待ち受けている等つゆ知らず、はゆっくりとランスロットの横を歩き書評を述べああでもないこうでもないと意見を言い合っている。その空間がとても穏やかで、は嫌いではない。
「馬鹿馬鹿しい」とでもメドラウトがいいそうな雰囲気がおかしくて、少しばかり笑うとランスロットは首をかしげるばかりなので、首をゆっくりと横にふって笑ってやった。
何かが変わっていく。少しずつ、少しずつ。その気配を感じ取って彼女はランスロットを見上げた。
彼はとてもいつも通りで、それがゆえに、ひどく安堵した。