Light of Dawn

この世界はとても美しいもので構成されている、ということをは知る。だからどうこうするわけでもないのだが、例えば小鳥の囀りは彼女の心を和ませるものであるし、湖に光を反射し映す月影はどこまでも優しい。朱色に染まる世界は物悲しいがどこか懐かしい思いに浸らせてくれる。はこの世界のことをあまり知らないのかもしれない、と馬を走らせる。一番星は相変わらず真っ直ぐに輝いていて彼女を導く。

栗毛の馬を軽く撫ぜると、に「さっさとしろ」と急かすように少しだけ唸った。馬から降りると草原が広がっていて、妙に心地よい風が彼女の悩みだの何だのを全て吹きとばそうとする。
呼吸するのすら一瞬止まる程の強い風に、目を細める。シルフィードたちの気まぐれかと目を凝らせば、彼女の周りを笑い声が通り過ぎていく。
ふ、と風が止むと足元にあった花達が風に飛ばされたのだろう花びらが靴の上、服についていることに気付かされた。

「……まったくもう」

一つ一つつまみ、地面にふわりと落としていくと馬が少しだけ嘶く。振り返れば少しばかり遠くに人影を見た。……その姿には見覚えがある。歩き出すわけにも行かず、身構えるわけにもいかず、棒立ちしていると人影は音を立ててますます近づいてきて――そして、の前で止まった。

「随分探したぞ、
「…………そのわりには一直線で来てたの見えたけど、ね」

皮肉を1つ。さも気にしないようにあっさりと人影の正体、ランスロットは馬から降りた。そしてを見下ろすような形でじっと見据えてきた。……この時ほど、は気まずさを感じることもない。ランスロットは理路整然と人を叱る人間だ。その叱り方は例え女子供であっても変わらない。変わるとすれば、立場上のものが関わる時程度だ。……それこそ、モルゴースのような人間を相手にするときぐらい。
ランスロットの視線に真っ向から立ち向かおうとしたも、矢張りというかいつものように結局根負けして視線を逸らし、バツが悪いようにため息を付いた。


「ごめん」
「そう思うのであれば、誰かに一言ぐらい言っておいてもらいたいものだな」


夕焼けにランスロットの髪が染まっている。ランスロットだけではない、草原もまた燃えるように鮮明に濃い色をしている。目を細め、夕焼けを見る。太陽は静かに眠りにつくように沈んでいく。日没までもう少しといったところだろうか。


「ああ、うん。でも、まだ日没前だし、いいかな、って」
「そういう問題じゃない。遠出するにしても従者に言伝ぐらいしておくべきだろう」
「そうだね」

さく、さく、と歩けば草の音がする。ランスロットの小言をすり抜けるようにして、は考える。
この世界のことを、ただぼんやりと。

「ランスロット、先に帰ってもいいよ」
「そんなことを私ができると?」
「……無理だね」

姫王の頼みなら、殊更。苦笑を交えては木に寄りかかるようにして座った。
分かってもらえて有り難い。ランスロットは小さく笑っての目の前で止まる。は耳をすませ木々の葉が擦れる音を聞く。シルフィードたちの笑い声はもう、聞こえなくなっていた。

「日が暮れると、魔の時間だな」
「……それって、厭味?」
「厭味?」

彼女は薄く笑った。どうにもこうにも最近の自分は卑屈になる癖が出来ているらしい。メドラウトの陰鬱とした王になれなかったことへの腐り具合が似てきたのかもしれない、なんて言ったら彼に叱られてしまうし決して言葉にしないでおくことにしよう。現にランスロットは何のことかよくわかっていないし、自分自身が気にしているだけで相手はそうでない、のかもしれない。

「なんでもない」

は首を横に振ると、脚を気だるげに伸ばした。馬を走らせていたせいか身体は軋んで、空腹感もあったが、不思議なほどに心地いいのは開放感からだろうか。宵闇に至る少し前のこの時間を彼女は気に入っている。ランスロットはそうか、とだけ言った。

「何も聞かないの?」
「何をだ?」
「独りで出かけた理由、とか?」

疑問形の形で尋ねたにランスロットは苦笑した。その笑い方はどこか困ったようなものにも見えては「いや、別に、言いたいわけでもないんだけど」と重ねた。ランスロットは脇にさした剣の柄の上に置いていた手をそっと離し、に隣に座ることの是非尋ねた。

「……律儀だねえ、ランスロット」
「性分でな」
「まぁ、どうぞ」
「ありがとう。……お前にも出かけたい時もあるだろうしな。だが、報告をしないのはどうかとは思うが」

ぐうの音も出ないほどの正論だ。円卓のトップたるランスロットにまるで子供を宥めるように言われることへの不覚を味わいながら、は「うん」と曖昧な相槌を打った。それが精一杯だった。
それ以上、会話はない。ただランスロットは静かにの傍に立ち、空虚を見つめている。と見ているものは何もかもが違うのだろう、それが少しばかりにとっては悲しかったが――当然といえば当然だ、とふと自分で思いとどまった。

「時々、不可思議な夢をみる」
「夢」
「そう、夢」

特別なことは何一つない。他愛のない世間話だ。重たい沈黙を破るための一つの方法。それだけのつもりで言葉を選ぶ。

「なんてことのない、夢」
「……あまり良いものではなさそうだな」
「でも、夢だから」

それが夢であることは、だってわかっている。ランスロットは何も矢張り言わない。紡ぐ言葉をなくして、はおもむろに立ち上がった。夢の内容はランスロットに言うものでもないと判断したからだ。
否、そもそも夢というものは自分の中にあるものが形となって出るのだと言う説もある。
は振り切るように立ち上がった上で視線と同じ場所にある木をぺちん、と叩いた。ざらりとした木の肌触りは掌にちくりと刺さる。


「戻ろう、ランスロット」
「良いのか」
「気にしてもしょうがないから」

嘘だ。引っかかっているものは抜けない。けれど、言うことでもない。ランスロットは物言いたげな顔をしていた。が、彼は何も言わない。騎士というものはかくもそういうものなのだろう。は騎士を知っている。騎士王たる前王を見てきたからこそ、ランスロットたちが騎士の姿も、目にしてきている。
だから、彼らが強く出れないことを良い事に抑えこむのだ。それがいいことなのか、悪いことなのかはには分からない。どちらでもいい気がした。
栗毛の馬は休み終わったのか、が迎えに来ても「遅い」と言わんばかりの視線を送ってくるのでは苦笑する。色々な人間に遅い、だの言われてばかりだ。


「なに?」

風がまた、ざわめきだす。シルフィードたちの笑い声は聞こえない。木々が揺れて、夕日が沈みきる。その直前。ランスロットはほんの少しだけ笑った。


「―――いつでも、付きあおう。お前が気の済むまで」
「……何を?」
「さあ」

ランスロットははぐらかすようにして、己の馬に乗ってに「城に帰ったらまずは姫王に挨拶だな」と淡々というのでは両肩をがっくりと落とした。夜を迎えた空で、戻ったなら姫王のお叱りが待っているのは目に見えた。ついで言うならば従兄弟殿の淡々とした厭味も待っていることだろう。

「これに懲りたら独りで出ないことだな」
「王ならともかく、私でそう騒がれても」
「そういうわけにもいかないな」
「……私でこれなら、王の時は大騒ぎしそう」

それは彼女が王であるからなのか、彼女が惹きつけるものがあるからなのか。には分からないが、とりあえず大騒ぎする姿は安易に想像がつき、思わず吹き出した。なんだ、とランスロットが言おうと視線を投げかけたが気にしないようにして、馬を走らせる。

「ランスロット」
「なんだ」
「ありがとうね、迎えに来てくれて」
「……いや、構わない」

それから馬を走らせている間、お互いに沈黙していた。
はまっすぐにきた道を迷わずに戻っていく。空には星が煌めいているが、そんなきらびやかなものにも目も向けない。ランスロットはの横顔を見ては何か言いたそうだったが、結局何も言わず言葉を飲み込む事にした。

城にたどり着いた際、庭園で彼女たちの主は物思いに耽っていた。
その姿を見て、ぱちん、とはじかれるようには駆け寄り、声をかける。

「少し考え事をしたくて」
「城では、出来ないこと?」
「まぁ」
「…………でも、がいなくなると心配だよ」

は前王を知る年の近い女子だ。ただでさえ宮中で女性は侍女と、王の関係者しかいない。前王の后であるギネヴィアや前王の姉であるモルゴースとは奇妙な線引があった。を思い、彼女は怒っていることに申し訳なさを感じ、は「ごめんなさい、王」と小さく呟いた。


「大事になるとは思ってなくて」
、今日聖廟の前でぼんやりしてたでしょう。だから、何か抱えてるのかなって」
「……ごめんなさい、余計な心配をかけました」

彼女が頭を振り、やすめというのではその身体を引きずりながら部屋へと戻っていく。ふ、と脚を止めた。ざわめく風の音にシルフィードの声がする。おいで、と誰かが言った。は「王」と彼女に呼びかける。

「ありがとう」
「え」
「ウーゼル様と、ちょっとだけ似てるかもしれないなと思って」
「私が?」
「どこがって言われると難しいし、似てないところのほうが多いけど、少し」

ひとつひとつ並べた時に。はそう言い残して部屋へと帰っていく。取り残されたランスロットと姫王は首を揃って傾げた。
次の日、の独断での外出をちくちく厭味で言うメドラウトと、いつも通り苦笑しながら耳をふさぐエルダの姿があった。


風の音がする。穏やかに、時に激しく、彼女たちの髪を揺らす。時に暖かく、時に涼やかに。
……その音に耳を澄ませ、そしては夕日が落ちる姿を今日もじっと見つめていた。