墨に五彩あり、感情に真理あり
お前は一生この世界にいるのか?
珍しく尋ねてきたジュダルにはイエスもノーも言わなかった。その目を何度か瞬かせた後に、首を傾げてみせる。一見すれば可愛らしいとも取れなくもないポーズではあったが、残念なことにジュダルにはまるで通用せず、彼は首を思い切りゴキゴキ鳴らしてやった。
「何すんのよこのバカ真っ黒クロスケ黒豆」
「るせーキメェんだよババア」
いつも通りに過ぎないこの会話であるにもかかわらず、ジュダルのその特徴的な瞳はをよくよく映しており、は彼の瞳に映る濁った自分に辟易している態度を取ってみせる。
マギ、と言われた男には関心がある。どす黒く濁りきった沼のような男。彼のことをは「まっくろくろすけ」と称し何かと毛嫌いしている素振りを見せているが、実際のところ嫌いかと言われれば別段嫌いなわけでもない。だが、魂は輝いているほうが彼女の嗜好にあっているということだ。
「っていうか、アンタ的には居ないほうがいいんじゃないの」
「いや?俺はお前が居てくれて嬉しいぜ」
甘ったるく、彼は言う。耳にそっと口を寄せ、くちづけるように囁いてみせる。けれど言葉は微塵も甘くはなくいつも通りの歪みきった言葉。
はそのまま彼の頬に手を添えて、にっこりと笑ってみせる。
「一度アンタぶっ飛ばしてみたかったんだ」
「ハ、あんまり強がると弱く見えるってぇ知ってっか?」
小物はすっこんでろ。
殺すだの死ねだの全くを持って品のないやり取りだが、彼らにとってはそれがスタンダードなのだろう。が光の粒を円状にぐるぐると持ち上げ力を見せつけようとすればマギたるジュダルは力で跳ね返す。マギはそれぞれがルフに愛されている。それ故にルフをぶつけることは敵わない。はマギではないので一方的な戦いになるだろうが彼女は戦いの中で防御壁を作る。ボルグとそれをこの世界では呼んでいるが彼女の作り方は独特で、打ち破ることは容易ではない。
彼らのそんなやり取りはつまるところ、まるで意味を持っていない。犬猫のじゃれあい程度に見れなくもない。
「おいバカ女」
「何よマギ男」
ジュダルは氷の塊を彼女の首にひたりと突きつける。は指先から青い炎をだし、氷をあっという間に溶かしていく。だがジュダルの魔力が強力なのか最終的に蒸発しきれず二人は睨み合うばかりだ。
「お前はここにいて、俺と殺し合いしてりゃーいいんだよ」
おまえを殺すのは俺だから逃げるなよ。最後に彼女の腕を氷の刃で切り落としたジュダルには「あ」と一瞬ばかり反応が遅れた。しかし、まるでトカゲのようにあっという間に腕が生えてくる。
その姿は気持ちいいものではない。切り落とされた腕はルフとなって姿を失い空へと飛んでいく。その姿は異形で異様だ。
「……何、アンタ私のこと好きなの?」
「バカって殺さねえと治らないって本当だな」
「あんたのその真っ黒さも一度死なないと治らないのかな……うわあ不憫」
は手を拳に変えてまるで方向性の違うジュダルに対する同情の声をあげるだけ上げて、どこから出したのか分からないお守りと称したガラス玉を彼にやった。だが、それをジュダルは無下に扱い、思い切りに投げ返す。それから二人はしばらくキャッチボールらしきものを繰り返していたが、思い出したかのようにが「で、アンタって私のことやっぱ好きなんじゃないの」と言い出したので盛大に顔を歪めてやる。
バカは矢張り死なないと治らないらしい。
「だってそれって好きってことじゃないの、ねえ好きなんじゃないの」
「お前本当に魔法脳なんだな、お前の国の政務官に初めて同情した、うっせーしバカとか救いようねえな」
いっそ死んできたほうがいいんじゃねえか。物騒この上ない発言をするジュダルを笑い飛ばした後にはジュダルの頬を思い切り腕を伸ばして引っ張ってやった。月が静かに姿を隠していく中で、幻想的に月光花が咲く中にもかかわらず彼らの怒号はいつまでも続いている。
―― 好きとか、コイツバカなんじゃねえの。
だが、妙なことに彼は散々野次って弄り倒しているこの魔人女とのやり取りが嫌いではない。ケンカ友達が出来たのぉ、と玉艶あたりが言いそうだが決してそんな関係でもないし、彼は今のところこの女の存在を煌帝国にしらしめるつもりはない。だが、だからといってシンドリアにそのままもたせているつもりもない。
刹那的、破壊的な歪な感情ではあったが、どちらにしても彼にとってこのというジンは特殊で異種で特別なのだ。……だが、それを恋と呼ぶにはいささか違和感しか生じないので彼は目の前で喚く女に対して口悪く罵ってやるだけだ。そうして、この女がここまで口汚く文句をいうのもジュダルだけだということをジュダルは知っている。そうして、二人の関係は今日も今日とて変わらずに続けられていくのだ。
それは、彼女が帰るその日まで、きっと永続的に。
20121216