You'll Be In My Heart
南海生物、というものがこの世界にはいるらしい。
「らしい」というのは大体ジャーファルとヤムライハからの説明で聞いた程度であり、実際問題は直視したことがないからである。その日、彼女は人の姿を強要され非常に不機嫌であったが、主の使令であれば仕方なしにと引き受けたところであった。
だが、実際に見ると並んでいるのは主ではなくシャルルカンであり、この状況が分からない。
首を傾げれば「担がれたんだろ、お前」とあっさりと言い放たれてしょげた。そんな直接ダイレクトに言わなくたって。
「ひどいやい」
「酷くねえ、つーか、なんでお前と俺なんだ……」
「騒がしいからっていうか仕事しろってことなんじゃないの」
どっちのほうが厳しいのかさっぱり分からない。
小難しいことはシャルルカンは苦手だし、もまた大体魔法に逃げて魔法を使って仕事をこなしてしまうので、周りの士気に関わる。彼らはよくも悪くも実に戦闘向きであり、宮内に納めておくには―――しばしば、問題があった。
「つか、なんでお前人の形してんの、力出せねえだろ」
「なんかー皆の前でやるから、人の姿ではっちゃけなさいって」
「はっちゃけるのは良いのかよ……」
「やだやだジンの姿でいーたーいー」
私は魔人なのに!
駄々をこねるように文句を言うジンニャーにシャルルカンは片耳を親指で塞いだ。彼女の不機嫌な理由は多々あるが、主に担がれたことと魔人である彼女なりのプライド(実際問題、シャルルカンからすればコロコロ姿を変えているので、どのへんがプライドなのか分からないが)などなどだということだろう。
「こんな姿、まっくろくろすけに見られてごらんよ!『なんだぁ魔人女がついに人間かぶれになったか、ダッセー!似合わねー!ケバいなおい!』って言われるんだよ!」
「いやそもそもお前のいう“まっくろくろすけ”は此処に来ねえだろ」
「アイツ神出鬼没じゃん!あーやだやだ!」
王に似たのか、彼女は煌帝国の神官であるジュダルに対して良く分からない対抗意識を燃やしているらしい。初対面が悪かったのだとは偶に語っているが、実際のところ、聞く限りではジュダルの性格だけを引っこ抜いてみればと大体同じ、享楽主義の男であるゆえにシャルルカンは首を傾げずには居られない。どっちもどっち、という言葉が正に似合っているのだが言った瞬間に先日針と糸で口を縫い付けられるような魔法を仕向けられたので言わないでおこう。
「で、その南海生物ってどうやって倒すの」
「人によるな。ピスティとかは手懐けて倒してるし、ヤムライハは魔法でバカスカぶっぱなしてるし、ヒナホホさんとマスルールはぶっ飛ばしてる」
「ジャーファルは?」
「お前マスターマスター言ってるのに居ねえと呼び捨てなのな」
リズム感のある会話の中で彼女は主を呼び捨てにしつつ「愛だよ愛」と訳の分からない主張をしている。溜息をつき、彼の眷属を活用した術法を教えると、まるで具現化するように彼女は同じものを魔法で作り出し、蝶のように舞い蜂のように刺した。……といっても、あくまでもモーションなのと、ついでにいえば背中に生えた羽根は決して似合っていないので、シャルルカンは彼女の頭を軽く小突いて「あほ」とつぶやく。彼らの関係はいつだってこんな下らない、かつ調子めいた部分がある。バカ兄弟は黙ってろ!とジャーファルが先日怒鳴ったのがいい例である。非常に彼ら二人は、波長があるのか性格が似ているのか、そのどちらでもないのか――……馬鹿げている。
だから王も並ばせたのだろう。シャルルカンは冷静に内心そう考えてみる。ついでに言えば、飄々と笑っているこのジンの力がどんなものなのか、見極めさせるためだ。ヒナホホやドラコーン、マスルールと其々様々な見解を述べているし、ヤムライハは魔導師としての彼女の素質を見ていて見解を述べている。彼女は常に「異質」だ。人ではない、ジンといってもこの世のものでもない。故に、力がどこまでか分からない。故に、シンドリアに必要な存在である。他国に奪われては――……矢張り、同じように考えるだろう。
偶然にしても、のランプはジャーファルが持ち主であり、彼を主としては認めている。ランプさえ奪われなければ、またが裏切りさえしなければ、彼女はシンドリアの掌中なのである。
昏々と考えているシャルルカンを他所に、は風船のように脚を浮かせ、ぽん、ぽんとジャンプをしていく。
「お前前見ねえとあぶねーぞ」
「大丈夫、南海動物倒すんでしょ?王様たちどこいんの?」
「上」
ガヤガヤと騒がしい民衆を他所に上で高みの見物をしている主達を見つけ、は手を大きく降る。ジャーファルの顔色が悪いのはがまた何かしでかすのではないかという心配からなのだろう。
シャルルカンと揃って船先に乗ると、民衆が「シャルルカン様がんばって〜」だのなんだのとお祭り騒ぎのように色めき立っている。
もういいだろう、とジャーファルはその手をに向けて下げた。
数十キロ離れたであろう彼の米粒レベルの手の振り方をは確認すると、隣に居たシャルルカンに耳打ちを交わす。
「もどっていいって」
「は?」
「身体、戻していいってさ」
「……ほんっと目ざといな、お前」
ジンは人とは違う。視力も、聴力も、思考も、魔力も。
全てがバランスを崩しているというのに、彼女はそこに存在してへらへらとしているものだから、シャルルカンは時折この女魔人は、そのうち誰かに殺されるのではないだろうかと考える。嫉妬憎悪、その他モロモロの苦々しい環状する感情は、のような「異質」に向けられることが多い。
「来たぜ、おい、頼むぞ、相棒」
ならば、ほんの少しのこの刹那的な感覚を、彼女に与えてもいいだろう。
口から飛び出した言葉にシャルルカンは内心笑う。相棒、なんてものはシャルルカンには別段必要ない。彼は独りでだって戦える。同胞はいても、同僚はいても、彼の援護に回る魔導師や先陣を切っていく武闘派はいても、彼とともにある「相棒」ではない。
は少し……否、かなり驚いた顔をしてみせて、シャルルカンを振り返る。大きな牙を剥いた、牛のようなものが此方を見据えているが、彼女は気にしていない。度胸があるのか、否か。
「何してんだ、行くぞ!」
「……ラジャー!今日のご飯はビフテキだ!」
の言葉の意味もわからないまま、剣を抜いたシャルルカンの横を―――というか、頬を魔法弾が突き抜ける。
既に彼女は身体をもとに戻していたし、戦闘態勢になっていたし、ついでに言えばシャルルカンのことなど見ても居ない。
飛沫を立てながら、彼女は海の上を歩くようにして、戦う。民衆は彼女の戦いにやいのやいのと珍しさから騒ぎ、シャルルカンの剣が南海生物を貫いては大きな歓声をあげる。
目立ちたがり屋と、目立ちたがり屋。
……この状況に、思わずジャーファルはため息を付いた。
「……シン、本当にで良かったんですか、行かせて」
「まぁ、壊しはしないだろう、流石に」
「そういう問題じゃなく」
「本人が特大魔法使いたがっていると言っていたのはお前とヤムライハじゃないか」
見たかっただろう、俺も見たかった。
胸を張っていったシンドバッドが、思わず立ち上がる。は切り裁かれた部位をまるでバザールで売っているような串にして、差し込んでいく。
気がつけば、そこは巨大な売り場と化していて――シャルルカンとは満足気に仁王立ち、かつハイタッチを交わしている。
……ぼそり、とマスルールが「特大魔法、やんなかったスね」と呟いた。
船から戻って謝肉祭でどんちゃん騒ぎの中、ジャーファルに揃ってげんこつを食らわされられながら正座をさせられたシャルルカンとは「だってこいつが」とまるで子供の喧嘩のように其々を指さし、やれ相棒って言ったくせにだの何だのと喧嘩を始めたので、ジャーファルの特大雷が堕ちたのは、少し後のことである。
「ごろごろお肉のポトフ、美味しいわねえ」
こっちの赤葡萄酒で浸したタンシチューも中々。ほくほくと食事を楽しむヤムライハとピスティの声が聞こえてくる。
騒がしい民衆の楽しそうな声。王の声。
それらを聞きながらは小さく笑った。
「何だよ」
「んー、いやー、楽しかったなぁって」
「……なんだ、そんなことかよ」
シャルルカンは楽しくなかったのか、とが問う。彼はオレンジ色にぼんやりと輝くランプを見ながら「さあ」と曖昧に笑ってやった。
麦酒の香りが広がってくる。ジャーファルの小言が終わったので戻っていいと言われたものの、正座のあまりに動けなくなった二人は苦笑いをしつつ、喧騒の中で沸く楽しげな声に耳を澄ませ続ける。
見かねたスパルトスが食事を持ってきてくれたので揃って食べ始めると、酒の進みもいいのか王の悪酔いをしている姿が目に入った。……ジャーファルの顔色が良くないのは、多分、きっと、間違いなくやシャルルカンのせいではないだろう。絶対に。
「我が国、シンドリアに、乾杯!」
「かんぱーい、相棒もおつかれ様ー!」
「ハァ?誰が相棒だよ、おまえ俺殺す勢いで魔法ぶっぱなしてたじゃねえか」
「そーんなことないよーう、相棒だよぉー」
うっせ。お前とは相棒解消だ。
葡萄酒を飲みながら、楽しそうに喉の奥を震わせてシャルルカンが笑いながら言う。
釣られてもまた、彼とは違う泡を放つ白い葡萄酒がはいったゴブレットに口をつけながら「ひどい相方持っちゃったなぁ」とくつくつと笑い返してやった。
夜は、まだ終わらない。
2012.11.09
サイト1周年リクエスト:そよさんより「シャルルカン・南海生物退治をする話」