love or die?
「ジュダルはアラジン嫌いなの?」
彼女の問に心底面倒くさそうに――というか、露骨に面倒くさいのを見せながら「お前何でここにいるんだ」と問いかける。
彼の問はごもっともで、はシンドリアの魔人だ。敵国の魔人がどうしてここにいるのかジュダルからすれば敵情視察か間者か。シンドリアの犬ということだろう。
の存在は少なからずイレギュラーであり、そんな態度のを見るのが実に彼にとって不快なこと極まりなかった。よく紅玉あたりが「性格はちょっと似てるのにねえ」と笑うので、余計に心底気分が悪い。この女魔人は自分にとっての敵か、味方かもあやふやな存在なので、出来れば関わり合いになりたくない。それがジュダルの本音である。
「白龍がお菓子くれた」
「ガキかよ」
どこから取り出したのかさっぱり分からない菓子を口にいれるに呟けば、彼女はケタケタと笑う。彼女は敵国のどまんなかにいるということへの自覚がないのかもしれない。
白瑛や白龍はともかく紅玉とも共に居る、それだけならまだしも、神官としてこの国にいるジュダルのところに単独で首を突っ込むなんてバカ以外の何物でもない。
「まぁ、私かんけーないし」
「関係なくねーだろ、シンドリアのジンだろテメー、頭イカれたか」
シンドリア、という言葉に強調されたがは別にぃと誤魔化す素振りもなく淡々と答えていく。
の主はジャーファルである。それはジュダルも知っている。彼がランプをこすると煙と共に彼女はやってくる。その姿をジュダルは知っているしアルサーメンからは危険視されていることも多分きっとこの女は知っているだろう。イレギュラー。異端の存在。
「ギャハハハ、ならお前、煌に来いよ!こき使ってやるぜ?」
「有り難く思えよ俺の部下にしてやる」と付け加えたジュダルの言葉に、は顔を硬直させる。
何故ならばジュダルとの関係はどの角度から見ても良好とはとてもではないが世辞にも言えない。第三者から見れば空気が常に張り詰めているようにも見える。理由はまちまちだが、少なからず彼女の現段階の主であるジャーファルを傷つけたことに対してそれなりにこの女は怒っているのだろう。もしくは、アラジンの波長とあわさっているせいでジュダルを危険視しているのか。そのまたどちらもか。
ジュダルは彼女の顔を片手で挟むと顔をゆっくりと近づけた。
「可愛がってやるよ、魔人女」
彼女の返答は即答で、しかも普段のジュダルがするような小馬鹿にする表情をした上でのことだった。ないわー、それはない。ジュダルの部下とかやだー。
甘ったるい空気とは決して言えなかったが、それなりに至近距離で、しかも第三者からすれば熱烈なキスシーンのような、形に見えなくもない構図だというのに、色気は全くといっていいほどない。ジュダルの顔をジロジロと見回した後、は「ない」と何度目か分からぬ否定の言葉をあげた。
「……コロスぞテメー」
「あっはっは、顔どころか空気まで真っ黒!」
「何だったっけか? チビが嫌い?教えてやるよ」
俺が一番嫌いなのはお前だ。
馬鹿笑いをするの口を黙らせるように、彼は噛み付いてやった。魔人との口づけなんて当然初めてだったしこの女に対して愛情はあるのかと聞かれれば彼は全力で鼻で笑っただろうしそんなことを言い出す輩がいるとは思えなかった。敵の間者であることは明確だというのに手を出されないのは、アルサーメンの見るところだからだろう。
ちりり、とマゴイのぶつかる音がする。視線を落とせば、彼女の行き場のない手が既に魔法操作に変わっていて不可思議なほどの魔力を圧縮した球体が浮いている。
「まさかファーストキスとかババアみてえなこと言い出さねえよな、オイ?」
「そんなわけはないけど気持ち悪い」
「ア?」
絞りだすような「うえ」という声に彼は矢張りこの女をなぶり殺してやろうかと思い始める。だが、それにはまず彼女の右手で時折鳥が鳴くかのような雷の音をどうにかしてやらなければならない。
身体から放出されるルフの流れにジュダルは顔を歪めた。人間ではない量のルフに「魔人」「ジン」と言われるが故。彼女の瞳孔が開いた目は少なからずの逆鱗に触れたことを明確に知らせていて――彼は極端に言ってしまえば、おかしくてしょうがなかった。何故ならば彼女はいつも飄々と笑っているばかりで、国間の戦争がどうとかという話に関してもいまいち気乗りしていないようにも見えたからである。彼女は唯のジンであり、パイモンと同じく主にしか興味がないのかもしれない。だが、彼女はこの世界の変動を止めたいとどこかで思っているのだろう。故にジュダルの前に現れる。
「ハッ、サイッコーだぜ、魔人女!」
ルフに愛されているマギをルフのぶつけあいに等しいやり方では傷つけることは出来ない。
だが、彼女はジンだ。ジンがマギを倒すことへの前例なら――ジュダルは認めたくないが、過去に一度、アラジンが出したジンにある。もその部類になりえるかもしれない。そもそもこの女の力量を確かめるには戦うことが一番相応しい。ジュダルも応戦しようと構えたが――の術の塊は、ジュダルに向けられることもなく無言で収縮していってしまう。
彼女の掌の上を浮遊していたものは小さなボールになり、そして音を立てて消えた。
「……やめた、ジュダルとやっても面白く無い」
「ハァ?!」
「あーあ、唇噛んじゃって。血が出てる。あーもー本当口の中真っ黒」
ぶつくさと文句を言いながら彼女は霧の中に消えていく。
残されたのはジュダルだけ。奇妙なほどの唇の感触が、じくじくと彼の心をえぐって、思わず左手で唇を擦った。
「……胸糞ワリィ」
口づけなんて、意味を持ってするものでもない。そもそも少なからずジュダルはあの魔人に恋愛感情を抱いた覚えは一度足りとも無く、彼女への感情は憎悪と興味ぐらいなものだ。からしても、大体似たり寄ったりだろう。
意味のない苛立ちと、戦えなかったことへの不快感がより顕になる。
「クソ女め!」
吠えるように呟いたが、そこにの姿はなく、残されているのは触れたあの女の感触だけ。
遠くで白龍と白瑛にが絡む声がする。窓を開けて見下ろせば、彼女は先程と全く変わらないへらへらと気の抜けた顔をしていて、ジュダルを苛立たせる。あの女がおそらくここにいる理由はシンドリアへの報告だろう。だが、安易にそれを伝えるのも面白く無い。
は白龍の護衛であるかのように彼の傍らにいくと――……ふとジュダルへ視線を合わせる。随分と離れているのに、確実に彼女は「此方」を見ていた。
底意地の悪い、ばかにするような笑顔をした後には白瑛の周りをぐるりと回って何か小さな魔法をしてみせていた。
「……あのクソ女、ぶっ殺す!ぜってぇぶっ殺す」
嬲り殺す。
ぎりりと歯ぎしりをしながらジュダルは苛立たしげに脇に置かれた桃を食べ始める。むせ返るような甘い香りに、ただ、頭がずきずきと痛んだ。
これは恋ではない。これは愛ではない。繰り返す言葉をぼんやりと頭の中で浮かべながら、ジュダルは3つ目の桃を口の中に頬張る。外では、あのバカ女の何も考えていないような笑い声が聞こえてくるばかりだ。