「マスター、ハッピーハロウィーン!」
「……またどこでそんな情報仕入れてきたんですか」
「ピスティが教えてくれたよ」
お菓子くれなければイタズラしてもいい日なんだって。
の見解はおおよそ合っているがおおよそ間違っている。どちらかといえばイタズラ主体になっているので、ジャーファルは米神に手を当て、やめなさい、と一言だけ告げた。ヤムライハがかぶっているようなとんがり帽子をして、真っ黒の裾の長いスカート。珊瑚色の杖はヤムライハがシンドリアに来る前――マグノシュタットの衣服によく似ている。
彼女は菓子のたくさんはいったバケットを差し出して、笑顔だけを浮かべている。
みなまで言うな、寄越せ。そう言っているような気もする。
「……お菓子なんて私が持っているとでも思ってるんですか」
「全然。だからーちょうだいちょうだいちょうだいー!」
「子供かアンタ!」
どこにも魔人要素を現在持っていない姿のの耳を引っ張ると「魔法とける魔法解ける」とジタバタ慌てて身体を捻り耳を大きくしながら「でっかくなっちゃった!」と少しばかり昔懐かしい小ネタを仕込みつつ、きゃらきゃらと彼女は笑っている。
のこの頗る明るいテンションに振り回されながら、仕方なしに袖の下に入れておいたままの菓子を彼は渡した。
「、ほら」
「マスターお菓子持ってたの?! イタズラ出来ないじゃん!」
意外そうに珊瑚色の杖を持ったまま顔を上げたに、ジャーファルはそれ以上何も言わせないように封を開けた飴玉を思い切り彼女の口の中に放り込んだ。ひんやりとの唇に手が触れて、その瞬間ちりりと身体の中から熱を持ったような気がする。そんな考えを慌てて打ち消すように手を振り払えばは神妙な顔をしてコロコロと飴玉を舐めている。
「イタズラしないでくださいね、」
「……んー、まぁ、いっかぁ」
「待ちなさい」
直ぐに次の人間に菓子をもらいに走りだそうとしているの首根っこを掴む。思いの外……というかよく引っ張られたのだろう、彼女は勢いよく転がって、ジャーファルの上にバケットの中に入った菓子が降ってくる。
……重力に逆らえることもなく、菓子は彼ら二人に直撃した。
「……」
「違う、それ絶対マスターのせいだよ自業自得だよ」
「問答無用!」
「いたいいたいいたい!」
の耳を引っ張りながら、くどくどと説教を並べていく。最終的に二人揃って菓子の類を拾い上げて、バケットに入れていく。ジャーファルの口からはなんでこんなことを、だの何だのと聞こえてきたような気がしたが、反対には少し上機嫌で、コロコロと飴を転がしながら笑いを漏らしている。
「マスターも実はイタズラ好きだったなんてね」
「違います。そもそも貴方が」
「じゃあさぁ、マスターも言えばいいんだよ」
のんきすぎるような言葉を並べつつ、は片手を上げて、残りの菓子達を浮遊させ、一気にバケットの中に取り込んでいく。最初からそうすればいいのではなかったのだろうか、と一方で思いながらジャーファルは彼女の言った言葉を心中で復唱させる。彼女の言いたい言葉はわかるが、の思惑通りに事が進むことはなんとなくジャーファルとしては主としての主体性にかけるというか、どこか格好が付かない気がして悔しい気もする。
なので、素直に言うわけもない。は彼の性格もわかりきった上で言っているので、益々癪に障る。官服の裾をはたいて立ち上がると、は珊瑚色の杖を振りかざして何か魔法をつぶやいた。
唇に言葉が乗る。その言葉は予想外にすんなりと彼の口から漏れる。
「トリック・オア・トリート」
「イエスマスター、ハッピーハロウィン!」
一気に爆竹のような音が鳴り響き、催事のような紙吹雪が彼の上に舞い落ちる。彼女の魔法は常に派手で、ついでに言えばジャーファルを驚かせる。
悪戯を成功させた子供のごとく笑顔を作っているに呆れもしたが――自然と、彼は笑顔を浮かべた。ジャーファルの掌には、から贈られた真っ白のシーツのようなものに覆われ、その上に真っ黒のとんがりボウシを被った丸々と可愛らしい目をしたお化け?らしき形をふちどっているクッキーが置かれている。
彼女の空気に自分も当てられたのだろう。呆れと可笑しさで笑っていれば、はきょとんとしたばかりだ。
「」
「何ですかぁ、マスター」
「感謝しますよ」
「いやいやあ、それほどでも」
でも片付けはちゃんとやるように。しっかりとした釘の指し方を覚えているジャーファルに、は乾いた笑いを込めつつ返事を返した。
……けれど、彼女は密やかに、穏やかに笑う主の姿を見て満足気に笑うのだ。目の下にある隈は彼の勲章みたいなもので、全くを持ってありがたみも何もないのだけれど、仕事中毒なジャーファルが気を抜けることも肝心だ。そしては彼の魔人である。眷属である彼がジンを従えることができなくても、異界のジンであれば……というより自分で動いている以上彼の魔力を奪うこともないので、は好きにしているし、そうさせてくれているジャーファルのことを嫌いには成り得ない。
「マスター大好きー!」
「ごま擦っても片付けは手伝いませんよ、魔法じゃなくてちゃんとちりとりと箒でやるように」
「えー!」
「終わったら、お茶にしましょう」
彼の笑顔は不思議だ。
は不満を隠せなかった顔を引っ込めて姿勢よく立ち上がりこの国での礼拝の姿をとった。
通路の奥から、ヤムライハたちの声がする。柔らかい風が吹いて紙吹雪が散乱することに不可思議な契約を結んだ主従は揃いも揃って悲鳴を上げ、あわあわと拾い上げている姿が目撃されたりだとか。偶然通りがかったヤムライハが見たとジャーファルのルフの色がオレンジ色に色づいていることに思わず笑顔になっただとか。
掃除を慌てて行い、ジャーファルの執務室で茶を淹れる。揃ってため息を付いた瞬間に、彼らは吹き出してころころと笑った。
「マスター」
「何ですか」
「ハッピーハロウィン」
「ええ、ハッピーハロウィン」
騒がしいカーニバルのような音を聞きながらも、彼らはどこか穏やかな気持でにこやかに笑い合った。