魔人の願い

普段、はランプの中に閉じこもっているときにどんな感覚なのか。
いつもの席、いつもの面子、いつもの他愛ない話題の中でふと話題になった出来事のことである。八人将という役職に立つ中でも一際若く、瑞々しく、食客3名を弟子にしている3人組が揃って頭を傾げた。
ピスティとスパルトスは彼らを横目にしながら羊肉を小分けにしつつ食事に勤しんでいる。此方は此方で話している内容というのも下らないことこの上ないのだが――ヤムライハとシャルルカン、そして付き合わされているマスルールの会話は彼らの会話内容に匹敵するほどの、非常にどうしようもない話である。

「だってアイツ、ランプこするとすげーうるせーじゃん、毎度毎度」
「まぁ、それはのいつものことというか」
「ランプは魔力供給も出来るんじゃないかしら。力が尽きるとランプに戻ってそこでチャージする……、魔力供給機としての役割をしているからの能力を活かすためにもランプは必要、という仮説なら彼女がランプに引っ込む理由もわかるじゃない」

ヤムライハの言うランプ=魔力補充機論にシャルルカンは思わず顔を顰めた。言っている意味が分からないでもないが、回りくどい上にその理論ではヤムライハの専門分野であり、今ここで羊皮紙と羽ペンでも渡そうものなら文を書きなぐり一冊論文でも描き上げてしまいそうな勢いだ。
は「魔法使い」の種族であるジン(女性はジンニャーというらしい)である。
ジンという種族は人と異なる豊富な魔力を身体の内側に秘め、知力・体力・魔力全てにおいて人間より優れるのだという。最もそれは「」のいた本来の場所であり、彼女がなぜ異国だけならまだしも異界の海を越えてランプの身一つでシンドリアに流れ着いたかは、誰も知らない。ヤムライハは彼女との対話を繰り返しているうちに彼女がはぐらかしているのではないのだろうかと仮説を立てた。はイエスともノーとも言わなかったが、過去いた世界への未練を見せないでいるあたりで、概ね彼女の予想は当たっているのだと考えている。

故に彼女が「ジンニャー」として契約を結んでいる証拠――……この世界においてのジンとの契約と似ている「金属器」への移し替え。その器たるランプをこすって出てくる、その理由と、その中にいるという不可思議なことが、ヤムライハの知的好奇心を擽る。……シャルルカンはヤムライハとは別で、どうやってその状況で寝食をしているのだとかだとか、見たところ普通のオイルランプに彼女のようなものがはいるのか。そんな単純すぎることが疑問であった。ちなみにマスルールは、そんな彼らに付き合っているだけだ。

「お前の話は長ェし分けわかんねーんだよ!」
「頭で物事を考えない、鉄の塊を振り上げてばっかりのアンタには分かんないでしょうね」
「あんだと」
「何よ」

そして、ヤムライハとシャルルカンは大体いつも非常にどうしようもなく下らない内容で争っている。魔法と剣、どちらが上であるとか男として女としての理論だとか、どうということのない子供の喧嘩と全く変わらないそれは八人将を束ね、その上に君臨する王の頭痛の種の一つでもあったり、同時に微笑ましい一部分でもある。
……が、そんな喧嘩の原因にされるはここには居ない。彼女は大抵、マスターであるジャーファルの傍にいるし、居ないときは人間の姿を形取ったり偶に動物畜生たちに姿を買えたり、またあるときはアラジンの後ろをぺたぺたくっついたりと自由気ままなようだ。

「大体、は魔法使いなんだから当然魔法使いの意見が近いに決まってるでしょ」
「少なからずあいつはどっかの誰かみたいに天才天才連呼してねぇけどなぁ?」
「なぁんですって、このハゲ!」
「ハゲてねえよ魔法おたく!」

ああ、始まった。
二人の横に居たマスルールが皿を持ってそっとずれ、スパルトスとピスティの方へ寄った上で肉と魚を其々取って黙々と食事を続ける。スパルトスはピスティに外海の状況を談笑の中で混ぜながら外交官がピスティに熱を上げている内容を時に混ぜている。ピスティの手にかかれば落ちない男はいない。そう口々に噂される程に、彼女のフットワークは軽く、そして主に外の国の、彼女に対して認識の薄い男たちはあっという間に掌で転がされてしまう。ピスティはにこにこ笑いながら「でも、大丈夫、なんとかなるって」と全く根拠のない口調で笑顔を浮かべている。
ヤムライハとシャルルカンの口論は当初はのランプの中身に対する検証であったのに気づけば全く関係ない、ハゲだとかバカだとか変態だとか非常に下らない低レベル極まりない罵詈雑言と頬を引っ張るという子どもじみた喧嘩に発展していた。……が、これもまた、「いつもの姿」である。


「なんですか、皆揃って」
「ジャーファルさん」

不意に声をかけられて即座に反応をしたのはピスティだった。一緒に食べないかと誘えば彼は小さくうなずき、そちらのテーブルへと少しずつ寄っていく。寝不足なのか少々顔色の悪いジャーファルの手にはランプが収められており、彼の後ろにはふよふよとがいつもと変わらず膝から下を煙に代えて身体を浮かばせている。

「マスターさぁ、ご飯もちっと食べないと流石にまずいと思うよ私」
「あなたが仕事手伝う手伝うと駄々をこねなければさっさと終わりましたよ!」
「だってマスターさぁ、ご主人様なのになーんにも命令しないからつまんないし。なんか注文してよ、命令してよ、下僕ですよワタシ!」
「ああはいはい、そのうちに」

冷たすぎる反応には文句を言いながらスパルトスの横で「ヒナホホが行って来いっていってくれなかったらマスター、ケバブすら食べなかったんだよ!」と文句を言っている。に「いい加減食べるように言ってくださいよ」とすがってきた政務官たちのことを話せば、スパルトスは何度か頷き返す。ジャーファルはその少しばかりきつい目つきを更にきつくさせて「」と彼女を静かに制する。だがの愚痴は止まらない。本人を目の前に愚痴るのもいかがなものかと生真面目なスパルトスは思うものの、ピスティは聞きたいと目を爛々とさせているし、マスルールは南海生物のクリームソテーを頼んでいる以上話を聞く体制でもあるだろう。シャルルカンとヤムライハの口喧嘩はまだ全く止んでいないし、そもそも彼女たちはジャーファルとのコンビが来たことにまだ気づいていないようでもある。
火の音、空を飛ぶ夜行性の鳥の羽ばたき、そして彼らの喧騒の声が妙に混ざり合う。はむくれながらも出されてくる食事に手を伸ばす。……が、それを容赦なくジャーファルが手刀で叩き、彼女の手から落ちるものは全てジャーファルの手に渡る。

「マースター……大人気皆無なんだけど」
「うるさい、食べろっていったのあんたでしょーが」
「それもそうでした!」

移り変わりが激しいのか彼女は片手でケバブを取り、もう片方の手を思い切り伸ばして……まるでゴムのように手が伸びて、ヤムライハとシャルルカンのテーブルの前に置かれていた皿を素早く取り上げた。


「はいマスター」
えらーい!」
「えっへん、褒めてもいいのよ!」
「調子乗るからやめなさい、ピスティ」

ジャーファルの周りは騒がしい。元々主君たるシンドバッドの仕事が片付いていない中で彼がふらりと下街に降りて行ったりだとか、突拍子もない事を時に起こすのでその対応に追われたりだとか、同じ八人将が喧嘩を店先でしていてどうしたらいいのかわからないという民の苦情を聞いたりだとか、最近の塩の価格の高騰具合を調査したりだとか、政務といいながらも資金面や軍への配備と彼のやることは多い。そこにという良く分からない得体のしれない魔人までくっついてこられてはてんてこ舞いだ。スパルトスは心の中でひっそりとジャーファルを労った。
はマスルールの横に腰掛けると、魚を切り下ろしライムがかかったサラダを食べ始める。
彼ら二人が加わったことでマスルール、ピスティ、スパルトスの会話の幅は広がり食事をしながら今後のシンドリアの状況だとか色々なことを語り始めた。
の意見は彼らからすれば、其々の故郷とはまた違う、それぞれが融合し合ったシンドリアとも異なる見解だったので耳を傾けてはあれやこれやと言っていく。テーブルの上にある金属製のゴブレットにはいっていた酒は既にすっかり無くなっており、同時にゆらゆら揺れているろうそくの蝋もとっくに溶け切りつつあった。はそれに気づくと人差し指を動かし、近くにあったオイルランプに移し替えてやる。そろそろ主食であるタジンが来ることであろう。そこで漸く――口喧嘩をしていた彼らがとジャーファルの存在に気づいて、ああ、と素っ頓狂な声を上げた。叫び声は全体に響いたが、ジャーファルはこれといって驚かず、もまたいつもと変わらないことなので「やっほー」と手を振るだけだ。

「そういえば、二人は何で喧嘩してたの?」
「あーなんだっけ、最初の話題だったんだよ」
「わたし? えーやだー私にはマスターがいるから二人をマスターにすることは出来ないよ!するならアポ取ってね」
「何バカ言ってるんですか頭おかしいのバレるからやめなさい」

容赦無いジャーファルのツッコミに傷つくわあなんていいながら形状を変えて子供の姿になりメソメソ泣き真似をするは全くを持って反省しているだとか悲しそうだとか、とは思えない。直ぐにけろりと何事もなかったかのように元の姿に戻り、今度は「そんなこといってると生命の危険感じちゃって勝手に保険入っちゃうからね!」なんて契約書と羽ペンのようなものに姿を変える。
器用なものだが、全くを持って自身を持っていいものとは言えない。しかもジャーファルの反応は、全く変わらず容赦無いものだ。


「え、何?」
「なんでランプにいるの?」

その質問は実に的を得ていたが、実に話の骨を折るものであった。は突然すぎる質問に対して怒るわけでも笑うわけでもなく、ゴブレットの中に入る液体を口につけるだけで何も言わない。
ヤムライハは己の見解を少し述べて、シャルルカンは「ンなご大層なモンじゃねえだろ?」と彼女に同意を求めてくる。

「何ですか、そんな理由で喧嘩してたんですか」
「そんな理由って!大事ですよジャーファルさん!」
「そーだぜ、ジャーファルさんだって下僕なんだから気になるだろ?」

「下僕」という言葉にジャーファルは片眉を少し上げた。確かに「しもべです!」とよく笑顔を振りまきながらは言っているが、実際のところ彼女をしもべ扱いした記憶は今のところはない。彼女は「従者」ではあっても「下僕」ではない……と考えている。
ジャーファルは口元をそっと抑えて考えてみる。
彼らの質問はご尤もであり、ジャーファルのことをいくつかは知っているが、のことをジャーファルは余り知らない。
異界の、異国のランプの住人。この世界で言われるジンと似て異なる存在。それぐらいだ。彼の視線に気づいたのだろう、は「つまんないよ?」と苦笑を浮かべた。

「ちょっとしたヘマをして、むかーしの主にランプの精にさせられて契約強要された感じかなぁ」
「……昔ってちなみに」
「ええと、ひーふーみー……三千年くらい前?」

気の遠くなる話だ。そして、は言葉を紡ぎ続ける。
主は変わっても願い事というものは余り変わらないもので、例えば一攫千金。例えば不老不死。結局願い事は何年たっても変わらないものだ。

「そもそも、例えば国を作ったとしても、私が出来るのは国を作るための手助けレベルが限界だからね」
「そうそう!それよ!の限界ってどこまでなの?出来ない魔法とかあるの?攻撃魔法の限界は?体力は?アラジン君と同じようにルフから力をもらえるか、それともあなたはルフそのもの?」
「質問が多すぎてどれから答えたらいいのか分からないよヤム!」

ヤムライハの荒っぽい鼻息を避けるようにしながらはぐるぐる空を舞、そうだなあと考えこむ。

「出来ない魔法は「人を作ること」「人を殺すこと」「人の気持ちを変えること」かなぁ。他にも色々あるけど、よく要求されて出来ないって答えてる物はこのへん」
「人体錬成と分解の不可、それに感情操作……なるほどなるほど」
「主が変われば国を滅ぼす手伝いじみたこともしたなあ、結局マスターありきだから、私の個人の感情なんてあってないものだったし」

10分でマスターが代わることもあれば、100年マスターが来なかったり。そう乾いた笑いを浮かべたにヤムライハはしまったという顔をしたし、シャルルカンは「ばか」と彼女の後ろ頭を小突いて、顔を渋めている。
つまり、彼女の選択肢はイコールでジャーファルの選択肢に繋がる。
彼が選ぶ道がの選ぶ道で、彼女は「ランプの魔人」で在り続ける以上はその運命から逃れられない。最も彼女が逃れようとしているのか否かは分からないが。

は自由になりたいとか、ないの?」
「なったらそれはそれで仲間たちと飲み会して、遊んで、たまに人間に協力して、ってなるから面白いとは思うけど、どうかなぁ」
「ジンニャーってそんなに長生きなの?」

彼女はどうだかわからないと首を横に振った。
彼女の世界ではジンはざらにいるし、高名な魔法使いがその力が強大過ぎたゆえにジンになってしまったりだとか、様々なことがあるのだという。の場合は媒体となるランプに縛り付けられて月日は経過しているが、実際その原点を考えれば「願い事を増やせ」という無謀な主の強欲極まりない注文を受け入れる際に逃げられないようにランプの中に閉じ込められた。
彼女にとってランプとは「家」でもあり「寝床」でもあり「牢獄」でもある。彼女の意思など必要ないという証でもあった。


「はぁい、マスター」
「今、この段階で私は願い事がまだ残ってます。この状況で誰かがランプを擦った場合、どうなります?」

は魚の骨を取りながら視線をジャーファルに移しつつ説明を続ける。手元は見ないが骨はとっていくさまは無駄に器用なことが分かる。

「その場合、擦った直近の人がマスターになって、前のマスターは保留ってことになるかな。で、それで前のマスターがまた擦ったら、願い事を叶える数は引き継がれた上で上書きされる感じ」

あんまり私のメモリーよくできてないのよー。
けらけらと笑ったのランプがひょい、と空を舞った。受け取ったのはどこから取り出したのかやってきたのか分からない巨大な鳥で、あっという間にピスティの掌中に収まってしまう。


「こすったよ!」
「今この状態だと、ピスティがマスターになった感じでーす」
「えぇー願い事ー? えーどうしようかなあ」

おっぱい大きくしたいしなーでもなー。
ああでもないこうでもないと唱えるピスティの横に居たマスルールにジャーファルはランプを奪うように頼むと、再びそのランプはジャーファルのもとに戻る。かるく衣で擦ると「マスターがマスターに!」と良く分からない拍手をしながらは実況中継をしてみせる。


「つまり、これさえ奪われなければは今のところ私の部下であると」
「そーそー! 基本的にマスターありきだから、リモコンひとつで変幻自在!いいも悪いもランプ次第!」
「それじゃあ、仮に私以外の人間が以前要求した「シンドリアへの忠誠を」というものはどうなるんですか」

多分、要求によっては上書きされるんじゃないかなあ。
はへらへらと笑う。
敵も、味方も、彼女の前では関係がないということなのだろう。故に、彼女は孤独なジンでもあるということだ。ヤムライハがなんとも言えない顔をしているので魔法で花を出し彼女のとんがりボウシにそっと添えれば、彼女は首を僅かに振った。
ジャーファルもまた、の顔を見ながら苦々しげに溜息をついている。


「はぁい?」
「自由になりたいですか」
「それさっきも答えましたよマスター、疲れてボケてる? ベッド出す?」

冗談抜きでさっさと答えやがりなさい。
敬語にならないきつい主の口調に、直ぐには敬礼しつつ「ええ」と鈍い声を上げた。

「……まぁ、憧れなくはないですよね、ずーっとカビ臭いオイルのにおいするランプにいるよりは、外行きたい時もありますし」

ただ、今のところ主に対して不満がないんで。
の真っ直ぐな物言いに思わずジャーファルはたじろいだ。そのたじろぎにおお、とシャルルカンが感嘆の声を上げる。普段人に対して仕切っている彼がああも動揺するなんて王出なければなかなかないことだ。

「……いいでしょう、明日からビシバシしごきますからね、手伝いなさい」

彼のにこやかな笑顔には「げ」と声を漏らしたが―――やっと出てきたタジン鍋にすっかり笑顔を作って忘れてしまう。
……ちらり、とジャーファルとスパルトスの視線があうと、ジャーファルは困ったように笑ってみせた。

後日、人よりも上に立つ魔人のが膨大な仕事量を押し付けられて涙目になりながらあちらこちらを右往左往している姿が目撃されたという。