ネアポリスのスタンド使い

ブローノ・ブチャラティが死んだと聞かされたのは数日前だ。
 頭がぐらぐらするし、体調は全くをもってよろしくない。はネアポリスにあるホテルでジョルノ・ジョバァーナによりその話を聞かされてから唖然として、そして今に至っている。
 ゴロゴロとベッドを転がりまわっているのは、その現実を受け止めきれていないからなのかもしれない。

「死んだ?はぁ、死んだの」

 まるで現実味がない言葉だった。
 はゆっくりと目を閉じる。最後に見たのはどんな顔だっただろうか。思い返すと彼は余り心から笑っていないような人だった。感情の起伏が激しいからすれば彼の悠然とした、少し余裕のある、陰りもある笑顔は女性を魅了するには十分なのかもしれないがどこか物足りない。だからその分、いつもネアポリスの話題できーきー怒る自分を、ブチャラティが少し楽しそうに笑うのが好きだったのかもしれない。

 パッショーネの男から報告を受けて、そうしてはごろごろとゆうに時間にして48時間とプラスアルファ、こうしているのである。
 黙祷を捧げているというにしてはけだるい空気が部屋に充満しているし、ホテルマンには部屋に引きこもっているを心配して何度か部屋の前にまで来させてしまった。彼らにはまだ、ブローノ・ブチャラティが死んだことをふせている。そうしたほうがいい、とが勝手に判断したことだ。



 それから、また一日して。
 はおよそ三日ぶりに部屋をでた。流石にそのまま外に出るのはままならず、シャワーを浴びてドライヤーをかけて、ぐだぐだともう一度ベッドに入ろうとしていたところを呼び出しを食らったからである。場所はネアポリスの中でも少し坂道を下っていった港の近くにあるカフェだ。
 天気もよく、快晴。まるでいつもと変わらない光景だ。
 目的地のカフェでは、オープンテラスの奥で、青年が一人本を読んでいた。
 彼はその胸元のよく開いた服に、ブロンドの髪をいつものようにカールさせて、器用にも左手で本を押さえ、その左手の親指で本をめくっていた。その空間だけどこか写真のようだ。カフェの店員がカッペリーニを彼に運ぶ。彼は本に栞を挟んで食事を始めようとした……が、の呆けた姿を見て、呆れたような顔を一瞬だけしてみせたのである。

「何してるんですか、あんた」
「呼び出されたから来たんだけど、その張本人がカッペリーニとか食べてるから入れなくて困ってるの、見れば分かるんじゃあないの」
「じゃあ、座って自分も食べればいいじゃないですか」

 どうぞ、
 彼立ち上がってすたすたとの前にやってくると彼女の手を半ば強引に引いていく。スリ、窃盗、万引きの絶えないこの街でよくもまあ立ち上がって目を離せるものだ。は口から出かけた言葉を無理やり飲み込み、彼の向かいに座る。メニューを開けばランチメニューが色々と描いてあって、空腹感が増した。そういえば、ここ3日、食べたような食べてないような曖昧な感じだ。

「奢りますよ、呼び出したんだから」
「……それじゃあパンチェッタ」

 さっさと店員を呼び出し、は彼を見やる。
 「ジョルノ・ジョバァーナの使者」はに報告をするとさっさと去っていってしまった数日前を思い出し、よりいっそう彼女は不機嫌になった。

「何ですか、じろじろ見て」
「……ブローノ・ブチャラティが死んだって聞いたんだけど」
「ええ、彼は死にました」

 あっさりと彼は認めた。
 今日暇?に対して「ええそうですね」と答えるぐらいにはあっさりとしたものだ。
 本当に、と聞き返すことも出来たが、はここ数日の言いようのない気持ちとは程遠い感覚で納得できたのもある。そう、と返してやるとジョルノ・ジョバァーナは視線を少しだけあげた。

「ショックですか」
「そりゃあ、そうでしょうよ」
「そうですね」
「でも、ギャングなんてもんに関わるもんじゃあないって」

 彼は言っていたのに、全く私は守れなかったし彼も結局自分が言ったくせに守らなかった。
 少し苦笑いを込ませて、は笑った。ギャングの抗争で死にかけた自分が生きて、そのギャングの抗争で助けてくれた男が死ぬなんてまた不思議な話というか、因果なものだ。ジョルノは言う、彼はでも、満足して安らかに神の元へといった、と。

「信仰深いことで」
「彼の【覚悟】は本物だったから、何故死んだ、という後悔はしないようにしている」

 それだけ、彼は彼女を守りたかったからなのだともジョルノ・ジョバァーナは言う。
 彼女、というものが誰を指しているのかは分からないが、は運ばれてきたパンチェッタのパスタへ視線を投げて聞こえないようなふりをした。
 なぜだかそれは聞かないほうが――いい気がしたからだ。だが、ジョルノ・ジョバァーナの声は変わらない。淡々と、朗々とかれは語る。

「彼はトリッシュを守りたかったんだ。父に殺されかけたから、なのか何だかは分からないけれど」
「好きだったからとかは?」
「ブチャラティが? 逆はわかるけど、まさか」
「どうかな、ブチャラティだよ。そういうの気づかないだけで無意識にやってたんじゃあないの」

 彼は女に優しかった。それはイタリアーノなら仕方がないのかもしれないが、面倒見がいいことをは身を持って知っている。
 その「トリッシュ」に対しての感情が恋愛なのか庇護欲なのか何なのかわからないが、ブチャラティが「自身の覚悟」で決めたのならそれは彼女がや他の人間と比べて特別であったからだとは分析する。

「……はブチャラティのこと、そういう目で見てたんですか」
「さあ」

 ただ、言えるのは。
 悔しそうに、名残惜しそうに、は下唇を噛んだ。


「ブチャラティと、もうネアポリスの愚痴を言えないのは寂しいってことね」
「……そういえば、ブチャラティは隠し家を持ってまして。そこに今トリッシュが住んでるんですよ」

 一度、あってみてはいかがですか。
 ジョルノ・ジョバァーナの言葉には片眉だけあげた。状況が状況なら恋敵なんてものになり得たかもしれない少女。聞けばそう年齢はやジョルノと変わらないらしい。彼女もまた、スタンド使いということを知りは片手で顔を覆った。なんてかわいそうな!

「ああ、あとあんたが泊まってるホテルですけど、今月で引き払ってそろそろアパートにでも住んでくださいね。家賃の手配ぐらいならしますけど」
「ブチャラティに言ってよ、高いホテル住まわせてたのはあっち」
「ええ、だからパッショーネとしてが暮らしに不自由しない程度の手助けはしますって言ってるんです」


 ジョルノ・ジョバァーナは笑う。は街中へ視線を向ける。街道を歩く彼らは今日も何も変わらない日々を過ごしているようだ。
 ただそこに、ブローノ・ブチャラティがいないというだけだ。どこにでもある風景、どこにもない風景。はそこでようやく、思い切りため息を付けた。3日間の中で、ぐるぐると旋回していた考えがひとつの場所にたどり着いたからだ。


「……なんていうか、ずるい人だよね、ブチャラティって」
「今更ですか?」

 彼は随分とひどい、ずるい人ですよ。なぜなら彼はギャングだから。ジョルノは言う。
 その姿は在りし日のブチャラティとだぶって見えて、は苦笑を返してやった。そういう変な所が共通しているのも、ギャングの共通項なのだろうか。


「ギャングなんてもんに、関わっちゃあいけないわ」

 何度目か分からない同じ言葉を吐いて、憂鬱をひた隠すように、は空を見上げて舌を小さく出してやった。
 ブローノ・ブチャラティは空に、神の御下に還ったのだという。それがどんなところで、苦しみも悲しみもない安らかなところであっても、は当分行きたくないな、なんて笑ってやることにする。向かいに座ったジョルノはそんなの心中を察してやったのか、ティラミスとプディングを追加注文してを見つめていた。


2013.09.14

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