恋ヲ唄ウ

はるが忙しそうに部屋をいったり来たりしている。
否、正しくははるだけではない。はるやたえを筆頭に何人もの使用人がホールに料理を運び、酒を運び、賑わう周辺の世話を行なっている。本日の主賓……というべきか、主役である二人の間に流れる奇妙な空気など、彼らは全くといっていいほど感じている余裕もない。
肩書きだけ見れば誰もが納得をする組み合わせ。関係だけ知っている人間がみれば、動揺する組み合わせ。彼らの反応は多種多様で、勇は現段階で間違いなく周囲に晒されている己の姿に苛立ちを感じている。それに対してはとうに腹を決めたのか、使用人たちが出してくる食事をてきぱきと口に運んでは葡萄酒だの日本酒だのをゴブレットに入れては煽るように飲んでいる。

「おい、貴様、姿勢を正さぬか!」
「お食事会って形に表面上なってるんだから食べておかなきゃいけないじゃない、大佐こそ何で怒ってるの?」

ドレスだから、タキシードだから、洋食だから。
様々な理由はあれど、勇が不快に感じる点はそれだけではない。理由は目下――にある。先の一件以降、大凡三ヶ月で婚約という流れを組み、その発表だというのに彼女は恥らっても居らず自然体でいる。その姿が勇にはどうにも理解しがたかった。
やれ巽との婚約がどうだのと話が上がっていた時のの時は勇を追いかけてきたし、また同時にこちらから動けばどう反応をしたらいいのか分からず視線をあちらこちらに動かして、頬を朱色に染めていた。
それが、どうだ。
いざ前にすると、色気より食い気だ。もちろん、勇は彼女の性格をある程度把握していたし、関係も一朝一夕のものでもない。

「貴様、大将閣下が来るのだぞ! 軍人の妻として娘としての対応をせぬか!」
「えっ」
「なんだ」
「……巽様、来るんですか」

少しばかり彼女は視線を泳がせる。困ったような、嬉しそうな、何とも言い難い表情だ。「巽」と言われると不機嫌になるのは勇であり、からすれば「元縁談相手」であり「交友関係」にあたる巽の息子になるのだろう。
夜会巻きになっている髪型に手をやりながら「変じゃないですかね」と姿勢を正す姿は何処からどう見ても勇からすれば不愉快極まりない。
ぐいと手を引っ張れば驚いたように顔をあげられる。
そのままテラス、そして以前密やかな会合が行われた場所に彼女は勇の手によって誘われた。
違うことは、彼らの関係が当初より発展していることぐらいで、彼らはいつもどおりといえばいつもどおりである。


、貴様は俺の嫁になるのだぞ!」
「ええ、そうですね」
「ならば巽が来るからといってそうそわそわするでないわ!」
「巽様に最後にあった際に大佐何をやったか覚えてますか、だって!」


この女は俺のものとなった。
腰を抱き寄せてそう勇は巽を目の前にして言ったのだ。はその光景を思い出すたびに「あーあ」という溜息とともに頬を朱色に染める。それは巽に見られたからなのか、それとも勇との距離が一気に近くなったからかは本人しか分からない。ただ、勇としては彼女が困惑したり、照れる姿を見ることは嫌いではないし「初い奴」であると余計に愛でたくなる。愛玩動物のような、それでいて女特有の甘い存在。不安定だが、とのそれを想像すると中々に感情が沸き上がってくるものがある。
故に、すんなりと喜ぶ姿を見せる巽は、勇にとっては今のところ「恋敵」に近いのである。

「大佐」
「俺は大佐ではないわ!」
「……じゃあ、ええと、連隊長」
「……」
「ごめんなさい、ちょっとからかいました」

口を抑えて、は楽しそうに笑った。そうしているとどこにでもいる女と変わらない。じゃじゃ馬な性格も息を潜めていれば立派な良家のお嬢さんに見えなくもない。
家柄は十分。育ちは平民。政略結婚としても宮ノ杜、そして海軍と陸軍を結びつけるには十二分。
は勇サン、と彼を呼びかける。視線だけで勇は返事を返したが、はいつもよりずっと柔らかい表情でコロコロと笑っていた。

「酔ったか」
「そうかも知れないです」
「……おい、その顔で巽に会うのはやめろ」
「どうしてですか?」

ふわふわとした足取りが他人への迷惑になるから、だとか、そのような態度で日本男児の前に出るなどはしたない、だとか幾らでも勇は言葉を持ち合わせていたが、それ以上にの目が揺れているのを見て何も言えなくなっていた。歯の奥がカチカチと重なる音が聞こえてきて、普段のじゃじゃ馬さは鳴りを潜めている。
手を伸ばし触れればぽきりと折れてしまいそうな嫋やかさをこの女が持っていることなど勇はほとんどといっていいほど忘れていたため――改めて、まざまざと目の前に見せられ、内心頭を抱える。

「良いな」
「はぁい」
「……おい、酌をしろ」
「はーい」

子供のような返事で、いくらでも曲がりそうな柔らかい声音で彼女は勇の傍に控えて酒をやった。一気に酒を煽る勇へ目を爛々と輝かせて、時折目が合えばふふ、と女子の特有な笑い方をしてみせる。
酔いが回っている状況でなければきっと作り出せない光景に、勇はやがて喉の奥を震わせて笑ってやった。彼女に関して、予想外なほどに独占欲が強いことを今更ながらにやっと、理解したのである。

「貴様、一度言ったからには厳守するのだぞ」
「何をですか?」
「俺の傍を離れぬという約束をだ」

何度か瞬きをして、もう一度はにこりと笑った。
何を今更、と彼女の唇が動くと「心が捉えられてるのに離れる程私は莫迦でもないんですよ」と、素面ではどう考えても彼女がいいそうにない言葉を言い放ってみせた。
……予想外の反応に、勇は顔に熱がこもったのを感じたが、の笑い方に恐る恐る頭を撫でてやる。彼女はおとなしくされるがままで、犬猫のように目を細めて笑っていた。

「貴様、明日、覚えておらぬと言ったら斬るぞ」
「覚えてますよ、でも、ごまかしちゃうかも」

だって、大佐のこと好きなのも内緒だったんだもの。
そう言って、彼女は震える瞼をぴたりとくっつける。予想外だったのは勇の方で、彼女の表情は大人びた――彼のあずかり知らぬところだ。これもまた、酒の力と言ったところなのだろうか。

「やけに素直だが……これは槍が降るか」
「ひどい!」
「貴様はそれで良い。いつもどおりで無ければ俺はどうしたらいいのか困るのでな」

肩肘を無駄に張ったところで、貴様がやってみても意味もない。
が瞼をあければ、彼は顔を近づけていてそのまま唇の端を舐めるように口付けた。

「戻るぞ」
「……はい」

彼らの会話はそれで十分だった。十分すぎるほどに伝わり合っている。
彼は彼女が後ろからついてくる足音に安堵し、彼女は彼の背中を見て安堵している。
こんな関係がずっと続けば良い。そう思わずには居られなかった。


彼らが結ばれるまでの、過程の話。


2012.11.23 / せっけん様リクエスト