朱色小夜曲
ゆらゆらと揺れるシャンデリアを見上げながら、は本日の流れを思い返していた。
これから祖父の挨拶と父の挨拶と、加えて「令嬢」としての仕事が残っており、品よく動くには何をしなくてはならないのか――そこまで考えて段々と面倒なことになったため、彼女は考えることを放棄した。
考えたところで仕方がない。
西洋のドレスは随分と動きづらく、軍人たる無骨さと品の良さを持った祖父を横目には見られないように溜息を零した。
「そういたしましては――……次に――…………」
主賓の挨拶を終えて、、と彼女の名前を呼ばれ彼女は色々な人間に挨拶をかわしていく。
往々の軍の上層部や現在の上層部の人間。巽とその息子に静かに一礼を交わすと巽の息子は少しだけの感情を汲み取ったのか笑っていた。
「そういえば、宮ノ杜様が見えませぬな」
「いらっしゃるとお聞きしておりますがな」
当主が来るのか、当主名代が来るのか、人々の注目が集まる中では先ほどまで挨拶をしていた父が多くの人間に囲まれているのを見て改めて彼が「軍人の息子」として教育を受け、名家の息子としての振る舞いを覚えているのかを最確認させられる。
彼女の知る、畑仕事や地道な事務の仕事を行なっている姿とは異なる雰囲気に親のことながら不思議な感覚に陥る。
「」
「はい、お祖父様」
不意に言葉を投げかけられて驚き顔を上げると、祖父の前には巽の息子が居た。
婚約の話題もあったが――まあそれは昔の話なので水に流すとしよう。彼はにこにこと笑いながらをダンスに誘っているのだという。
彼なりの気遣いに思わず頭が下がったが、思い起こしてみれば、そもそもはダンスが苦手である。
けれど巽はその手をさらりとに伸ばし、彼女を引き寄せると「では」と輪の中に入っていった。
「あの、巽様」
「余りぼんやりしていては、お祖父様にまた苦言を呈されますよ」
「……ですよね。助けていただいて有難うございます、あの、でも私ダンスは余り……」
身を動かしていれば、どうにでもなりますよと笑った巽に、は諦めたように視線を落とすと足を踏み外さないか心配になってくる。
しゃんと姿勢を伸ばしてみても、去勢を張っているだけなので直ぐにボロが出てしまう。
巽のエスコートは完璧だった。彼女の足が不安定に為らないように支え、音楽が終わると紳士的に彼女から離れる。
「巽様、踊れるんですね」
「踊るよりも食べるほうが好きなんですけどね。ああ、宮ノ杜様がいらっしゃいましたね」
「……あ」
扉の向こうから、ゆっくりと現れる男たちに思わずの体は強張った。
中央に立つのは宮ノ杜の長男。そして次男、三男、四男、留学予定だったが取りやめになった五男。六男は今にも帰りたそうな不機嫌な顔をしている。
そして、御杜。
「なんで御杜くんがここに」
巽に一礼した後に、祖父と共に彼らを出迎えると御杜の視線がに突き刺さる。
なんで貴様がここに。がお互いに言い合っている。
彼らの挨拶が終わるとはこっそりと御杜を呼び止めた。
「こういうの、嫌いだと思ったんだけど」
「来たくて来たわけではない。貴様こそ、馬子にも衣装とはよくいったものだな」
「……御杜くんって女心わかってないね」
知ってたけど。ぼそりと呟くと彼はいたく図星だったのか顔をひきつらせた。
庶民的な会話をしている横で、相変わらず軍服である勇の表情が強ばっていく。雅は今直ぐにでも帰りたい帰りたいと思っているのだろう、に「僕帰りたいんだけど」と愚痴をこぼす。お互い様だ。正直言えばだって帰りたい。
五男は面倒なのか食事を楽しんでいるし、長男は長男で名代としての仕事なのか、この場所に来ている名家の面々へ挨拶をしている。
三男と四男はを見つけると否や苦労するねえだの何だのと肩を叩いた。
「――やっぱ、婿選び?」
「じゃないの?いやぁちゃんも大変だねー。で、お目にかかった人はいた?」
「だって私が選ぶんじゃないもの。選ぶのはあの人」
祖父を視線で送ると相変わらずの表情で、にこにことしている。
思いがけず顔をはひきつらせると、頑張れと茂が肩をたたいた。
……全くを持って嬉しくない。
「おい、」
「……大佐も来るとは思わなかったんだけれど、どういう風の吹き回し?」
「フン、中将からとあれば来ないわけにはいかぬだろう、それより貴様――先程巽と踊っていたな」
なんで知ってるのか、寧ろ見ていたのか。思わず肩を震わせた彼女に勇は鼻で笑った。あれは踊りと言うよりも動いていただけに過ぎぬ。
……そう言った瞬間に、彼女は「ああそう」と遮り守の腕を掴んだ。
「な!貴様何をする」
「御杜君、ご飯行くよ!」
「おい!まだ俺との話しが終わって終らぬだろう!」
「知りません、どうぞごゆっくり!」
ぷい、と顔を背け、ずかずかと歩き出したの動きに合わせるように無理やり守が引っ張られていく。
黙っていればそれなりに見える二人に視線が注がれていることを気づいていないのか、彼らは至って自然体なやり取りをしてみせる。……取り残された勇は非常に不機嫌になり、眉間に皺を寄せると腕を組んでみせる。露骨なまでの不機嫌に茂は溜息をついたが、助言をする様子もない。
進が何とかしようと口を開くが――だが、まぁ、こういうこともあってもいいだろう。
暫く二人は話をしながら緊張感が抜けたのだろう、巽も含めて話をはじめる。守は巽が入った瞬間に表情を「御杜守」に変えてニコニコと会話を続けているので、傍から見ているとおかしな光景だ。
「……」
「勇兄さん」
「なんだ」
「俺さぁ、見ててもいいかなぁと今まで思ってたんだけど――……今日って彼女の嫁の行き先選びか、婿選びって裏事情があるわけでしょ?」
一度ならず二度三度。片手で収まらず彼らの関係は破談になっている。
奇妙な関係だといえば関係だが、忘れやすいが宮ノ杜とのかかわり合いがあるのは何も勇だけではない。
結果論で言えば確かに理想的な相手は勇ではあるが、血筋としての宮ノ杜とのつながりを持てばいい話である。の相手にとって「宮ノ杜」という肩書きであれば別に勇である必要はない。それに、巽もいる。巽はにとっては理想的な相手だ。
……舌打ちが聞こえたような気がした。
彼女がドレスでテラスに出ていくのを見ると、ずかずかと勇はそちらへと歩いて行った。
「頑張れー」
「兄さん」
「えーだって、面白いし」
ああ、もう。進の胃がきりりと痛んだが――それを心配する相手はいないようだ。
「おい」
「うっわ!? ……ああ、大佐」
月明かりに彼女は階段に腰掛け足を投げ出していた。
随分とはしたない行為ではあるが、余程疲れたのだろう、顔に疲弊が見え隠れしている。
勇が二歩三歩歩いて行くが、彼女は避ける様子もなく彼に一瞥くれていた。
「随分と盛況なようだな」
「どうせ、話のネタになるから見に来た人が大半でしょ」
うわさ話が皆好きだから。
呆れたような、諦めたような彼女の物言いに勇は片眉を上げた。
ぶらぶらと靴を脱いで彼女は溜息をこぼす。月明かりはぼんやりと彼らを照らし、はぐっと体を伸ばす。思った以上に肩肘を張っていたのだろう、ばき、とどこかが鳴った音をは聴きとる。
「良い相手はいそうか?」
「さぁ、どうかしら。……っていうか、大佐がそこは気にするところ?」
「フン、中将のご名誉のためだからな」
「大佐ってほんっと、あの人が好きね」
貴様こそ、余程中将が嫌いと見える。
淡々と言う勇に、は「さあ」とだけ返した。実際好きか嫌いかと言われれば「このたぬき爺」としか言えないのだが、母と自分を追い出さず迎え入れたあたりは感謝はしている。
……故に何とも言えない。
「」
「何です?」
珍しい夜だった。先ほどまでの勇の勢いも、の張り合いもない。ただ粛々と時間が過ぎて、屋敷の中と外でまるで世界が異なっていた。
騒がしくある中で、彼ら二人は妙に落ち着いていた。
ざわめく木々の音。どこか浮ついたような心持ちでは勇を見据える。
……彼は、西洋の物語に出てくる騎士のようだった。
「――貰ってやっても良い」
「は?」
口さえ開かなければ、の話ではあるが。
それよりも何よりも予想外すぎる言葉に、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしげしげと彼を見つめる。……勇の表情は相変わらずで、月明かりに照らされていても尚仏頂面に見えた。
再三口にしていた言葉を覆す言葉に、聞きとり間違えたのだろう、とは解釈し「ええと」と何とも言えぬ言葉を返す。
「不満か」
「……あの、大佐」
「……貴様は俺が好きだと言ったではないか!」
何を御杜に見とれて何を巽と話しているのだ。
……唐突過ぎる言葉はに幾重にも重なって降り掛かり、は今まで繕っていた猫の皮をべりべりと音を立て引剥されるのをどこかで聞いた気がした。
「故に貴様を娶る。よいな!」
「全く良くないでしょ!何言ってるの大佐!」
貴様の意見なぞ聞かぬわ!などと言い残し、彼はずかずかと去っていった。
……は少しの間今の出来事が夢であったのだろう、幻覚であったのだろう、ホールの中ではきっと相変わらず彼が不機嫌に酒を煽っているのだろう、そう、あれは幻覚だ……と言い聞かせていたのだが。
直ぐ後にホールの中が大きな騒ぎになっているのを聞いて、血の気が引いていった。
「え、え、大佐、何いってんの?」
取り残されて、呆然として、唖然として。現実に引き戻された瞬間の彼女の顔は灯籠の中に灯る火のように朱に染まる。
2012.06.11