彼はいつもと同じ日常を繰り返す。
幼なじみとくだらない話を交わし、同級生と結局三人で学校に行く。
風紀委員に注意されないようにすり抜けて、授業を受けて、いつもと同じ流れだ。ここ数日間で見た夢のような不可思議な体験は、随分とモヤがかかっていて、曖昧なものだ。自分ではない自分が自分を操っている。
その誰か、はきっと自分なのだが、平助は記憶が曖昧なせいで頭を何度も何度もここ数日振ってばかりだ。答えも出ていない。幼なじみの千鶴はそんな平助が心配なのか最近だと彼女から声をかけている。
どこかの誰かはいつも誰かを気にしていた気がする。その夢が終わるまで。
誰か、が増えて平助には余計に分からなくなる。紅葉が散り、季節は12月に差し掛かっていた。雪は降らないもののコートが手放せず、いつもと同じパーカーにマフラーを巻いてゲームセンターに友人達と出かけようとしていると、近くの進学校の制服を来た女子高生がコーヒーショップで勉強をしているのが目に入った。受験生か、はたまた2年生か分からなかったが、女はこちらを見ようともせず、黙々とペンを走らせている。
「平助」
「あ、あー、うん、うん。行くわ」
彼女のことを知っているような気がしたが、あの制服は進学校の女子校のものだ。何故知ってるのかと聞かれれば、交流試合で何度か見たことがあった。
それだけかと聞かれれば、恐らくとしか言い様がない。…………その女子高生から視線を離し彼はゲームセンターへと向かっていった。

は、あの日以来受験勉強に励んでいた。センター試験の対策は万全、国立大学への試験に控えた勉強。判定は相変わらずではあったが彼女の中ではひとつの区切りが出来たことからか、成績は好調な上がり方をしている。
そんな中、彼女が藤堂平助と知り合ったのは偶然だ。
たまたま受験勉強の気晴らしにと寄ったゲームセンター。
クレーンゲームで取れそうなぬいぐるみの横に置かれた財布を見つけ、誰の財布か分からないまま、素直にゲームセンタースタッフに届け、帰ろうとした時のことだ。
「すいません!俺の財布落ちてなかったですか?!」
“何処にいても見つける、俺じゃない俺がきっと見つける”
そう彼は言い残して、笑顔で去っていった。その手を大きくふって、陽子を泣かせまいと自分が寂しいのをこらえて、笑っていたのだ。
……これはいっそ呪いなのかもしれない。騒がしいゲームセンターの中で、ほんのすこしの邂逅をした親愛なる―――おそらくは彼女にとっては生涯忘れることが出来ない男と全く同じ顔をした少年。
彼は言う。ありがとうございます、と。あの笑顔と同じ笑顔で。
「いえ、気にしないでください。中身大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、ええと、うん、大丈夫だ。お礼にえーと、一割」
「あ、大丈夫です。じゃあ」
「あ」
思い出したように少年は顔を上げて、の顔を見て驚いた声を上げた。視線が重なって、は不覚にもドキドキした。仮にも好きだった、否、今もきっと好きな人間と同じ顔、いわゆる輪廻転生をしている存在なのだから当たり前なのかもしれない。
少年は言う。
「あの、よくあそこのカフェで勉強してるの、俺何度か見たことあって」
「え」
「受験生かなあーって。いつもいるから」
えらいなあって思ってて。へらりと笑った少年―――藤堂平助に、は顔をうつむかせた。
そうしなければ泣いてしまう気がしたからだ。
(どこにいたってさ、俺はのこと見てる。俺じゃない俺も、きっとのこと見てる)
だから、さよならとかそういう悲しいことはないんだ。笑って、またねだ。
そういって大空の中に吸い込まれていくようにいなくなった少年は、目を大きくさせてを見ている。
…………泣きそうな気持と、勝てるわけがないという気持ちがせめぎ合って、は小さく、うん、と震えた声で返した。
「俺、藤堂平助っていって、えっと、ストーカーとかじゃなくて、ああでもそう誤解させたならごめんなさい」
「うん」
「……その、あの、いつもいるから、頑張ってるなあって」
「……ありがとう。ね、藤堂くんは、この後暇?」
(もしも、俺がのこと見つけたらさ)
彼の言葉が脳内で繰り返す。は腹を抱えて笑ってやりたい気持ちになった。
どんなに輪廻転生したといっても彼は彼で、記憶があろうとなかろうとお人好しで猪突猛進で、のことを導いてくれる少年のままだ。
「あそこのカフェ、コーヒー以外も美味しいから、財布拾ったお礼ってことでケーキおごってもらえないかな」
(俺がケーキ奢ってやるからさ、付き合えよな!)
平助はきょとん、とした顔をしてみたがすぐに首を縦に振って「よろこんで!」と答えた。
ゲームセンターを出れば、空は突き抜けて青い。眩しいほどの太陽だ。目を細めるに「ほら、言ったじゃん」と誰かが囁く。
後ろを振り返らなくても、には分かって、口元を緩ませる。
「本当に大当たり。すごいね、何、エスパー?」
「さあなぁーでも、ほら、大丈夫そうだろ?」
「うん、大丈夫、この平ちゃんは平ちゃんじゃないけど、それでもきっといい友だちになれる」
「友達かよぉ。そこは恋人になれよな」
俺はきっとそのつもりでぶつかるからな。
陽子は振り返らなかった。
振り返ってはいけない、とわかっていたからだ。
そんな彼女に、からっとした物言いで「やっぱっていい女だ。俺が惚れた女なだけあるぜ!」と笑っていた。前は絶対言ってくれなかったくせに卑怯だ。は「そうでしょ、平ちゃんの惚れた女はいい女に決まってるでしょ、私が惚れた男が惚れた女なんだから」と茶化すように言い返してやる。
……そうやって、茶化して、笑って、少年の気配が消えていくのをは察した。
隣に居た平助が「日が出てるのに寒ィですね」と笑ったのが少しだけ、の気持ちを浮上させる。
「いいよ、タメ口で。そう変わらないし」
「んじゃあ、さんも、俺のこと名前で良いから。俺もそう呼ぶし」
「そう?じゃあそうする。それにしても寒いねー」
があっけらかんと笑ったのに対して平助は目を細めておう、と応える。
彼らの日々が、また新しく始まっていく。
(ああ、でも、あれだ)
ちょっとだけ悔しいとか思ってるのは、内緒だ。
遠い遠い、どこかの時代の、いつかの空で平助が笑って呟いたのをも、平助自身も―――知らない。
拝啓、愛し君へ。この世界で出逢ってくれてありがとう。