ゆっくりと、輝き続ける日々が破片になって崩れていく。
その様をは目の当たりにして、ずっと離れたところで背中合わせになった二人を見つめ続けていた。二人の存在に対しての認識はある。どちらも顔を知っていたが、だがどちらも同時に知らない存在のように思えた。少し背の高い女性は高いその背を丸めるようにして俯いていたと思えば漸く顔を上げて、笑っていて。もう一方の男はシニカルな笑いではあったが珍しく愛にあふれている、ようにも見えた。誰かを救いたくなったのだと男が言っているのが彼女に耳に届く。
それなりに距離が離れているのにもかかわらず彼らのやり取りが聞こえる現状を不思議に思わなかったのは、恐らくはにとってこの状況がイレギュラーであったからだ。動くに動けないといえばいいのだろう。目の前でやり取りをしていた男たちが路を別れ正反対に走り始める。は彼らから目を離し、その上へと視線を上げた。
パラパラと、色とりどりのステンドグラスのようなものが何処からか落ちてくる。美しくもあり、儚くもあるその状況を慈しみながら、の脚は自然と女の方向ではなく、男へと向かっていっていた。
――――どのくらい、男は走り続けたのだろう。後ろにあった光ももう既に見えない。
ただ、ただ、深淵へと堕ちていくこの状況を鬱屈と思いながらも、少しだけ気になる女のことを思い出して苦く笑ってやった。別れたばかりなのに心配になるとは思いもしなかった。身体は軋み、自分の体が見えないながらも引き裂かれそうなほどの痛みを伴っているせいか、自分が崩れ落ちていくことを感じていた。
「ひとりぼっちは寂しいでしょう」
「……ハ」
唐突に振ってでた言葉に男、アンリ・マユは声を立てて笑った。
姿なき自分を見続けているイレギュラー。どうしてここに、という疑問は全くと言ってわかなかった。アンリ・マユとはすべての悪だ。闇の中で、静かに尋ねてきた女に呼吸困難ながらもバカじゃねえか、とだけ答えてやった。
女、は光を持っていなかったがアンリ・マユの姿を確認して己の歪んだ金色の瞳を輝かせて笑ってやる。
「お人好しが写ったとはよくも言うもんね」
「……ウルセ、お人好しが何言ってんだ」
「私もお人好しが写ってるから」
アチラでも、コチラでも。
光の立たれた路をは振り返って、人の悪い笑い方をしてみせた。誰もいないながらにも彼女の瞳には1人の男が居る。口数は少ないが、お人好しと言えるこの世界ではない世界にいる男が。まるで似ていないのに、どこか衛宮士郎と似ているような気がしたのは気のせいではないだろう。アンリ・マユはに口を歪ませて笑ってやる。これもまた「衛宮士郎」の器の中に居た人ではない存在。
は影の中で見えない手をぎゅうと握りしめてやる。ぬくもりのない唯の棒のような、ぐにゃぐにゃとした触感。はそれをもろともしなかった。
「寂しいなら一緒に逝こうか?」
「人がカッコつけてんのに空気読めよナァ」
「だって、私達は似たり寄ったりでしょ」
元々人にはなれない、人に憧れることしか出来ない存在なのかもしれない。
は己の器を思い出す。そうして、アンリ・マユが器に衛宮士郎を選んだこともまた思い出して、喉を震わせて笑った。
「帰っても居場所もないし、しょうがないから傍にいてあげるよ」
最後にオマエが一緒とか、何の因果だとアンリ・マユは笑う。はそれに応じて下卑た笑い声を上げた。
ゆらゆらとよどみ切った金色の彼女の瞳がひとつ、瞬きで色を変えていく。それは彼女の器の色だ。
「大丈夫でしょう、バゼットなら。みんななら」
いつもみたいに、こんなくだらない日常を、明日を生きていく。見えない指先をどうにか伸ばして、アンリ・マユはに触れた。彼女の髪の毛の肌触りはいつぞやにバゼットに触れたものとは全く違っていたが、そこに誰か居るということが奇妙なほどに安堵して、おかしくて、彼は喉の奥を震わせる。バカげている。彼は村人Aで、そうして全ての闇を引き受けた悪の、反英霊だ。
「のシャドウだったもの」は彼の彼の指に触れて、くくりと笑った。
「闇はとけて一つになるんでしょ?」
「……オマエみたいなのと溶け合うとか、一度ヤっときゃよかったか」
「冗談!」
笑い合って、融け合って、そうして静かにどちらからともなく言葉をなくしていく。
光は見えない。存在は確定できない。
だが、彼らは「そこ」にいるのだ。彼女たちは夢から醒めた時きっとアンリ・マユのこともその流れで派生した今までのことを思い出せないだろう。
「ねえ、それでも、楽しかったね」
彼女がこの世界でありながら異なる夢への鍵を手に入れたのはきっと偶然ではないのだろう。異界の異物と、すべての悪はぐるぐると世界を回る。彼女たちのセカイはもう終わるところだ。の言葉はアンリ・マユには届かない。ゆっくりとも瞼とを閉ざした。
そうして、最後にはどちらも形を失って、融け合って、そうして何も残らない。
だが、バゼットは目覚めと共に彼女の目の前に置かれたテーブルの上に、白い百合を描かれていたパズルにデジャヴを感じていたし、失われた己の腕の痛みを感じながら古ぼけたテレビに手をやった。
……テレビは、何も言わず沈黙を守っている。
暖かな日差しと、騒々しい客人たちの声を聞きながらそこに“い”なかった彼らを思い出し、呼びなれない、けれども懐かしい二人の名前を彼女はこぼした。