王宮のある星

天宮とのやり取りを見ながら、「お前たちはつまらないな」とニアは称した。彼らは顔を見合わせ「そうだろうか」と考えるが、はニアに「そうかもしれませんね」と苦笑で返事を返すことが常である。
……ここまでが過去の出来事であるが、今こうしてふたりきりになった状態でもと天宮の交わす会話はいつも通りだ。何ひとつとして変化もない。ヴィオラは膝の上に置き調弦し終えた上で目の前にて紅茶を飲む天宮を凝視してみる。天宮はその端正な顔を微塵も崩すこともない。

(人形)
そう彼は彼の師から言われていたことを思い出す。
だが一方でのことを「単調」と答えた師を思い出し、は苦く思う。彼に振り回されているのは一人、二人、という話ではない。ニアの言葉を借りるのなら「悪魔というものは総じて紳士なのさ」ということだ。彼を悪魔と称することができるのは彼の血縁者たるニアぐらいなものだろう。

「何だい、さっきから。
「……いいえ、別に」

天宮との会話はあまり弾まない。天宮はあまり口数が多い人間ではないし、で彼と交わす会話は大体が音楽のこと、気まぐれな天気の話。そして、アレクセイのことだ。あまり良い話はどれとしてなかったし、彼らはその会話を有することを別段必要としていない。ありきたりな、つまらない日々だ。

「――そういえば、新しく転校生が来たらしいね」
「知っているの」
「噂でね。あんなに表情が崩れる冥加を久しぶりに見たよ」

はそうでしょうね、とだけ答えた。彼女と彼と彼女というアンバランス極まりない関係は今もなお続いている。それを覚えているのはきっとだけで、冥加にとっては必要なことなど「小日向かなで」という人物のみにすぎない。なにせのことなど彼は何一つとして覚えていなかったのだ。それはそうであろう。はヴィオラに指を這わせ「そうね」ともう一度繰り返した。

「不快にさせたかい」
「いいえ。天宮の話はいつも正論だから」
「そう」

だからこそ傷つくのかもしれないけれど。ぼんやりと、しかしはっきりと彼女は言う。天宮は彼女を見て、、と聞いた。だがは答えない。コンクール選考会に出ることもなく、影としてそのヴィオラを構え音を奏でる彼女は天宮とはかけ離れた場所にいる。同じ冥加の近く、けれど遠い。そんなの感情など天宮には到底理解し難いものであったし、もまた、彼にその感情を説くつもりもなかった。

がらんどうになった王宮のような天音では、音だけがあふれている。響きあう音に耳を傾け、時折イタズラに去っていくファータたちを見送って。は天宮に問う。あなたの答えは出そうなの、と。

「――さあ、先生が言う【恋】がどんなものかはわからないけれど。少なからず君のそれを見ていると苦しそうだ」
「恋?これが。……そんな安直だったら、苦労しないでしょうね」

憎悪と愛情と憤怒と愚劣。さまざまな感情が折り重なってあるというの言葉に天宮は最早耳を傾けることをやめた。彼女との会話はいつもこうしてどちらかが打ち切ってしまう。よくあることで、どちらもそれを気にしない。

「ただ、彼女は、面白い人なんだね」
「……あなたも大概、嘘つきだわ、天宮」

知らないふりをしておきながら、とっくに小日向かなでを知っている様じゃないの。
ティースプーンを置いて、は彼をじろりと見た。彼は「僕は知らないなんて一言足りとも言っていないけれど」と付け加える。部屋で響くピアノソナタに沈黙を続ける二人の攻防を誰が見ただろう。……冥加の前では表情をあまり崩さないことで定評があるが口をへの字にした後に「それを屁理屈っていうのよ」とちくりと刺すように言って紅茶を飲み干したのを見たのは、天宮だけだ。

「君に恋をしたら面白そうだけど」
「それは私が他人に恋をしているから?」
「そう。強奪というじゃないか」
「……そんな面倒なこと、あなたは絶対しないわ。断言してあげる」

ピアノソナタは転調を迎えており、の唇はとがり、天宮はそんなが可笑しくてふふ、と笑った。
……どうやらやはりこの二人に恋というものは起きそうにない。ばたばたと忙しそうに幼馴染をつれた小日向かなでが入ってくるのはまだ少し後のこと。